エラベノベル堂

雨籠りの画布、失踪は暁へ

全年齢

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3章 / 全10

柚羽は宿直室兼事務室の小さな机に向かい、窓を打つ雨音を背に受けながら、深く息を吐いた。夜のあいだに見た変化を、今度は曖昧にしない。台帳の余白に、時刻、場所、絵の顔が変わった順番、気づいた違和感を一つずつ書き込んでいく。 「最初は一枚。そのあと二枚……いや、戻ってる?」 自分で書いていても信じがたい。だが、記録しなければ朝になったとき、たぶん全部が夢に見えてしまう。 机の上には、百年前の失踪画家に関する資料と、今夜の作品リストが広げられていた。柚羽はページを行き来し、作品名、展示順、貸出番号、保管予定を照合する。指先で紙をたどるたび、妙な引っかかりが増えていく。 「……これ、おかしい」 古い展覧会記録の一部に、ぽっかり空欄がある。しかも一か所ではない。作品名が入るはずの場所、来歴が続くはずの欄、展示位置を示す番号まで、同じように抜け落ちていた。 柚羽は眉を寄せた。 「印刷ミスにしては多すぎる。いや、そもそも途中で消したみたいな……」 手元の現在の台帳と見比べる。すると、その空欄の位置が、今の展示配置と妙に重なることに気づいた。百年前の資料は欠けているのではなく、欠けていること自体が形になっているみたいだった。 「誰かが、あとから書き換えた?」 そう口にした瞬間、背筋が冷えた。記録の消失は、作品の入れ替わりと同じ種類の気味悪さを持っている。絵の顔が変わるのではなく、絵を説明する言葉のほうが先に削られていたのだとしたら。 扉の向こうで、館内電話のランプがぼんやり赤く点った。けれど柚羽は立ち上がらない。慎一に知らせれば済む話ではないと、もう直感していた。 「展示替えのミス、じゃない」 雨音が窓をなぞる。柚羽は空欄の並んだ古い資料を見下ろし、そこに残された不自然な沈黙を指でなぞった。 「記録そのものが、誰かに触られてる」

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