エラベノベル堂

雨籠りの画布、失踪は暁へ

全年齢

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7章 / 全10

蓮が隠し扉の奥から引き出したのは、思いのほか薄い木箱だった。中には志朗の下書きと、女性の署名が残る証言草稿、そして一族の印が押された未開封の封書が収まっていた。蓮は息をのみ、これまでの入れ替わりが何を示していたのかを、ようやく一本の線で結び直した。絵の人物は気まぐれに動いていたのではない。百年前の失踪当夜、誰が誰へ何を渡し、どこで口を閉ざしたのか、その順番を正確になぞっていたのだ。 封書を開くと、そこには創設者一族が財産の移転を隠すため、女性の証言を消し、志朗に沈黙を強いた経緯が記されていた。だが志朗は従わなかった。彼は証言を絵の構図に散らし、女性が最後に託した真実を、見る者だけが拾える形に変えたのだ。盗まれた風景画は、その暗号を解く鍵だった。持ち出したのは外部の賊ではなく、真相が公開される前に回収しようとした一族の末裔だった。 蓮は保管室へ向かい、戻されたはずの風景画を確かめた。額裏の仕掛けを外すと、封入されたもう一枚の紙が現れ、女性が山を下りたあと、すでに証人を得ていたことが明らかになった。失踪は断絶ではなく、告発を成立させるための一歩だったのである。蓮はその場で館長を呼び、記録の改ざんを問いただした。館長はしばらく黙っていたが、やがて肩を落として、代々守らされてきたのは美術館ではなく一族の体面だったと認めた。 夜明け前、全員が集められた展示室で、蓮は百年前の出来事を順に読み上げた。女性は消えたのではない。志朗に守られ、証言を外へ運んだ。残された絵は、その記憶を消さぬために夜ごと位置を変えていた。読み終えた瞬間、絵の中の人物たちはぴたりと動きを止めた。外では雨が上がり、山の稜線が白み始めている。誰もが解放を待ち望んだはずだった。だが蓮だけは、額縁の奥にわずかな空白を見つけていた。最後に残っていた署名は、証言者のものではなく、館長自身の祖母の名だった。真実を隠したのは一族だけではなかったのだ。蓮は静かに顔を上げ、始まったばかりの朝を見つめた。

7章 / 全10

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