翌朝、資料室の扉を開けた瞬間、紙の匂いがひんやりと胸に入ってきた。高い棚が並び、古い記録の背表紙が薄暗い光を吸っている。蓮真人は昨夜まとめた尋問記録の束を机に置き、その横へAIの判定ログを重ねた。 「ほんとに、ここでやるんですね」 背後で葵咲が小声で言う。 「法廷の外で確かめるしかないだろ」 「外、というより資料の墓場ですけど」 「縁起でもないな」 真人は苦く笑い、ページをめくった。 最初に見たのは、同じ証言でも質問の順番が違うだけで、評価の揺れ方が変わる箇所だった。ある問いを先に置くと、被告の返答はすぐに真実へ寄る。だが別の問いを前に出すと、同じ内容なのに、端末の表示は妙に間を置いた。 「……ほら」 真人はログを指で叩く。 「ここ、順番を入れ替えたら判定が変わってる」 葵咲が身を乗り出した。 「本当だ。証言そのものは同じなのに」 「違うのは、前に来る情報だ」 真人は尋問記録の一文を声に出した。 「被告が何を見たか、ではなく、何を見せられたか。AIはそこを埋めてる」 ページをめくるたび、断片は少しずつつながっていった。言葉の順序、前後の文脈、質問の置き方。その組み合わせ次第で、判定はまるで別人のように顔を変える。 「つまり、真実を見抜いてるんじゃない?」 葵咲が眉をひそめる。 「いや」 真人は首を振った。 「整っているものを、真実らしく見せてるだけだ。足りない部分を過去の記録で埋めて、もっともらしい形にしてる」 「じゃあ、あの『真実』って表示は」 「絶対じゃない。少なくとも、事実そのものに刺さった釘じゃない」 そう口にした瞬間、真人の中で何かが静かにひっくり返った。疑っていたのは判定の速さだったはずだ。だが本当に見ていたのは、速さの奥にある、都合のいい補完だったのかもしれない。 葵咲が少しだけ声を落とす。 「先生、それってかなりまずくないですか」 「まずい。けど、だからこそ掴めた」 真人はログの最後を閉じ、机の上に置いた。 「AIは真偽を断定してるんじゃない。整合性の高い文脈を補ってる。なら、崩せる」 資料室の窓は小さく、外の光はまだ白いままだった。棚の奥で紙がわずかに鳴る。真人はその音を聞きながら、端末に残った『真実』の二文字を見つめた。 それは真実の証明ではなく、完成しすぎた文脈の仮面だった。
真実は、判決の外で揺れる
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