エラベノベル堂

真実は、判決の外で揺れる

全年齢

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5章 / 全10

店を出たあとも、路地の乾いた空気が喉にまとわりついていた。蓮真人は歩きながら、葵咲の端末に映る痕跡の流れを目で追う。匿名アカウント。そこまでは、もう線でつながっている。だが次の一手を探す途中で、彼は立ち止まった。 「どうしました?」 「待て。これ、事件関係者だけじゃない」 真人は画面を指で示す。映像の持ち込み経路とは別に、同じ時間帯に、見慣れない通信が何度も挟まっていた。送信先は記号めいた文字列で伏せられているが、接続の癖が妙に整っている。 「関係者の連絡網にしては、回り道が多すぎる」 「回り道?」 「わざと遠ざけてる。いや、混ぜてるのか」 真人は眉を寄せた。被告側の証言、古い映像、匿名アカウント。そのどれにも、事件そのものとは別の流れが触れている。しかも、その流れはひとつの方向に集まりつつあった。 葵咲が息を呑む。 「この接続先、もしかして」 「断定はまだだ。でも、企業系の網に近い」 彼は言葉を選びながら画面を拡大した。企業名は出ない。だが、通信の規格と応答の間隔が、法廷で使われる一般の記録端末とは違う。AI開発企業に通じる、閉じた回線の匂いがした。 「まさか、開発元が関わってるってことですか」 「分からない。けど、少なくとも事件の外側から手が伸びてる」 そう口にした瞬間、真人の胸の奥で、ばらばらだった違和感が一本の芯を持った。証言の真偽判定が、ただの中立装置なら、こんな通信は必要ない。なのに、誰かがそこへ流れを差し込み、判定が揺れるように整えている気配がある。 「葵咲」 「はい」 「これ、たぶん偶然じゃない」 彼女は画面を覗き込み、しばらく黙った。やがて小さく頷く。 「私も、そう見えます」 真人は端末を閉じた。夜の明かりがビルのガラスに滲み、通りの端で車の音が遠ざかる。 「裁判の中立装置だと思ってたものが、誰かの意図で揺らされてるのかもしれない」 「そんなの、もし本当なら」 「本当かもしれない、じゃない。もう、そう考えるしかない」 自分の声が低く落ちる。疑念は、もはや疑いの形をしていなかった。輪郭を持ち、重さを持ち、胸の内に確かな石のように沈んでいる。 葵咲が静かに言った。 「先生、今までの『真実』が、全部同じ方向を向いてた理由が見えてきましたね」 真人は振り返らないまま、遠くの光を見た。 「ああ。まだ全貌じゃないが、少なくとも偶然じゃない。誰かが、判定の揺れ方まで作っている」 その言葉を口にしたとき、疑念はついに確信へと変わり始めた。

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