翌日の朝は、空気がやけに乾いていた。 裁判所へ向かう歩道には、すでに記者たちが小さな群れをつくっている。蓮真人は足を止めずに、その輪の中心へ入った。カメラのレンズが一斉に向く。少し遅れて、葵咲が背後に並ぶ気配がした。 「蓮先生、昨日の件について一言お願いします」 「AIの判定に異議があるというのは本当ですか」 質問が重なる。真人は深く息を吸い、言葉を選んだ。 「証言判定AIの仕組みに、見過ごせない疑義があります。表示された真実は、証言そのものではなく、整えられた文脈を拾っている可能性がある」 一瞬、広場が静まる。 だが次の瞬間には、笑いを噛み殺したような声が混じった。 「要するに、負けそうだから文句を言ってるだけでは」 「弁護士の負け惜しみだろ」 そんな言葉が、さざ波みたいに広がっていく。真人は表情を崩さなかったが、拳の中で爪が掌に食い込んだ。 「負け惜しみかどうかは、記録を見れば分かるはずです」 「記録ならAIが真実って出してますよ」 「だからこそ、です」 声を落とした、そのときだった。 周囲の外側から、ひとりの人物が歩み出る。被害者側の証人だった。記者たちの空気が一気に変わる。 「待ってください」 その声は、思ったより細かった。 真人が視線を向けると、証人は唇をきつく結んだまま、誰に向けるでもなく周囲を見回した。 「私は……言うつもりはなかった。でも、これだけは」 記者のひとりが前に出る。 「何かあったんですか」 証人は喉を鳴らし、ようやく絞り出した。 「口止めされてました。話すな、と」 ざわめきが広がる。 「誰にですか」 「それは……」 証人は答えない。だが、その沈黙が逆に強かった。誰かの名前を出すことより、圧力があった事実そのもののほうが、そこに立つ人間たちを押し返していた。 真人は一歩だけ近づいた。 「無理に全部は言わなくていい。ただ、口止めがあったことは、ここで確かに聞きました」 証人の肩がわずかに震える。 「私、変だと思ってたんです。あのときの言い方が、私の言葉じゃなかったみたいで」 その一言で、記者たちの表情が変わった。さっきまでの軽い嘲笑は消え、代わりに戸惑いが浮かぶ。 葵咲が小さく息をのむ。 真人は証人を見たまま、低く言った。 「やはり、証言は自然に生まれたものではない」 周囲のざわめきの奥で、カメラのシャッター音だけが乾いて響く。先ほどまで弁護士の独り相撲だと笑っていた空気は、もう同じ形ではいられなかった。 真人は広場の向こうに視線をやる。裁判所の壁は、いつも通り無表情にそびえている。だがその前で、たったひとりの証人が口を開いたことで、見えていた景色がずらりと変わり始めていた。 まだ真相ではない。けれど、事件はもう、ただの判定の話では済まないところへ足を踏み入れている。
真実は、判決の外で揺れる
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