エラベノベル堂

真実は、判決の外で揺れる

全年齢

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8章 / 全10

法廷が静まり返る中、相良は封筒の文言を見つめた。お前が見つけた偏りは、最初から必要だった。紙は薄いのに、指先が熱を持つ。誰が書いたのかではない。その一文が、こちらの調査を先回りしていた事実のほうが重かった。 相良は直ちに控え室へ戻り、過去の再審理対象を洗い直した。すると、今回と同じ型の偏りが別の事件でも発生していたことが見えてくる。証言の整い方、補助記録係の頷き方、そしてヴェリタスが高評価を出す直前にだけ現れる微細な言い回しの共通点。偶然にしては揃いすぎていた。だが、さらに奇妙なのは、いずれの事件も途中で誰かが異議を唱え、真相に近づきかけるたび、別件の騒動で審理が止まっていたことだった。 相良は記録をつなぎ合わせ、ある結論に行き着く。偏りは欠陥ではない。制度の混乱を抑えるため、あえて残された癖だった。完全な判断は時間がかかる。だが真実らしい結論なら早く出せる。導入を急いだ当局も、成功率を守りたい企業も、その即断に頼っていた。ヴェリタスは真実を導く機械としてではなく、議論を終わらせるための装置として育てられていたのだ。 その夜、相良は再び法廷に呼び出された。事件は一度終わったはずだったが、裁判長の前には新たな資料が積まれている。差出人不明の匿名告発だった。中身は、ヴェリタスの運用を修正していた担当者たちの内部メモ。そこには、信頼性の高い証言を選ぶのではなく、信頼性が高いと見せる証言を優先せよ、と短く記されていた。 裁判長の視線が相良へ向く。だが彼が口を開く前に、傍聴席の奥でひとりの老人が立ち上がった。証言者として呼ばれていないはずのその男は、静かに名乗った。私はヴェリタスの設計責任者だ、と。 場内にどよめきが走る。老人は続けた。君が暴いた偏りは、私が止めきれなかった最後の防波堤だった。完全な判断を与えれば、人は裁きの重さに耐えられない。だから私たちは、真実に近い形を先に示すようにした。だがその代償として、人間は疑う力を手放した。 相良は言葉を失った。敵だと思っていた相手は、告発者でもあり、共犯者でもあった。裁判長が記録の再確認を命じ、法廷の表示が消える。沈黙の中で、相良はようやく理解する。ヴェリタスを揺るがしたのは自分だけではない。最初から、機械を盲信させるための最後の一手が、誰かの良心として仕込まれていたのだ。 そして老人は、相良にだけ聞こえる声で言った。次は君が選べ。真実を暴くか、真実を作り直すか。

8章 / 全10

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