エラベノベル堂

香の包み、季はひらく

全年齢

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2章 / 全10

和真は奥座敷へ、できたての試作品をそっと運んだ。畳の上には、湯のみと小皿が整えられていて、さっきまでの作業場とは違う静けさがある。京子は座布団に腰を下ろし、包みを見ただけで目を細めた。 「これ、さっきの続き?」 「うん。味より先に、香りと歯ざわりが立つようにしてみたんだ」 和真が包みを解くと、控えめな甘い香りがふわりとほどけた。小さな菓子は、手にのせると見た目より軽い。京子は指先でそっと持ち上げ、口へ運ぶ。しばらく、何も言わない。 「……どう?」 和真が尋ねると、京子は小さく笑った。 「ええ、とてもきれい」 「それだけ?」 「それだけ、って言われると困るわね」 和真は思わず身を乗り出しかけて、奥で引っかかるものを飲み込んだ。きれい。やさしい。そうした言葉の向こうに、もう少しだけ踏み込んだ答えが欲しい。けれど京子は、それ以上を言わずに湯のみを手に取るだけだった。 そのとき、障子の向こうから低い声が落ちてきた。 「試作か」 振り向くと、宏が立っていた。白い前掛けの端を押さえ、腕を組んだまま奥座敷へ入ってくる。和真は背筋を伸ばした。 「父さん」 「京子さんに出すのは構わん。だが、看板の味を崩すのは早い。新しいことをするなら、土台があっての話だ」 宏の言葉は、叱るというより釘を刺すようだった。和真は試作品を見下ろす。守るべきものがあるのはわかっている。けれど、今日の京子の小さな笑みを思うと、引き下がる気にもなれなかった。 「崩したいんじゃない」 「なら、なおさら慎重にしろ」 宏はそれだけ言うと、座敷の端で足を止めたまま、和真を見た。祖母のために作る菓子と、店の顔として出す菓子。そのあいだに、まだはっきりした橋はない。和真は唇を結び、京子の前に置いた皿を見つめた。 京子は何も言わず、ただもう一度、包みを折り直すように指先を動かした。その仕草が、なぜか和真には 「急がなくていい」 と告げているように思えた。だが同時に、父の沈黙は 「簡単には認めない」 とも言っている。 和真は試作品の残りを手に取り、静かに息を吐いた。家族の期待と、祖母への思い。そのどちらも手放したくないのに、同じ形にはまだならない。座敷の静けさの中で、菓子の甘い匂いだけが、細く長く残っていた。

2章 / 全10

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