エラベノベル堂

香の包み、季はひらく

全年齢

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4章 / 全10

包みまで含めて季節を立ち上げる。その考えに辿り着いてから、悠真の手つきは少し変わった。これまでは餡や生地の出来だけを追い、仕上がった瞬間をゴールにしていた。けれど今は、箱に収まり、誰かの手に渡り、紐がほどかれるところまでを一つの流れとして考える。工房の机に並ぶのは試作だけではない。和紙の端切れ、水引の見本、小箱の木地、香りを移すための桜葉や柚子の皮。榊屋の仕事場は、いつのまにか小さな季節の実験室になっていた。 春の菓子は、練切の中に香りを閉じ込めすぎず、包みを開いたとき先に春風が触れるよう調整した。薄紅の和紙は指にわずかな繊維を感じるものを選び、桜の枝先にまだ残る頼りない柔らかさを思わせる。夏は葛と寒天の重なりを父の言う通りわずかに厚くし、噛んだときに空っぽの軽さではなく、涼しい水音が胸に落ちるような歯ざわりを探った。秋は胡桃と炒り米の香ばしさに、ほのかな黒糖を添えて空気の深まりを出す。冬は羽二重を手のひらで包む時間まで計算し、冷えた指先にじんわり戻る熱のような口あたりへ寄せていった。 父とのやり取りも、ぶつかるだけではなくなっていた。厳しい指摘は相変わらず容赦ないが、どこを削り、どこを残すべきかを以前よりは言葉にしてくれる。 「春は香りが先走るな。箱を開けたあと、菓子が追いつけ」 「秋は良くなった。だが木の実の香ばしさは、懐かしさと紙一重だ。古びた感じに落とすな」 短い言葉の一つ一つが、悠真には新しい道具のようだった。母は横で餡の炊き上がりを見ながら、和紙の色味を昼と夜の灯りで確かめてくれる。澪は紐の結びを何度も試し、ほどくときに引っかからず、それでいて簡単すぎない形を探していた。祖母のために始めたことが、気づけば家族全員の手を借りる仕事になっている。 それでも悠真の胸から焦りが消えたわけではない。病室へ向かう道すがら、今日こそ何か届くだろうかと期待し、帰りにはまだ足りないと唇を噛む。志乃は試作を見るたび、すぐに評価を下さなかった。包みを撫で、紐をほどき、香りに少し目を細め、ひと口だけ含む。そして静かに言う。 「前より、景色が近いよ」 その言葉はうれしくて、同時に遠かった。近いのなら、まだ届いてはいないのだ。 ある雨の夕方、見舞いを終えて店に戻ると、工房の硝子戸に細かな水滴がびっしりとついていた。父は戸口に立つ悠真をひと目見て、何も聞かずに温かいほうじ茶を差し出した。湯気の香ばしさが鼻に抜ける。甘さではなく、温度と匂いと、掌に伝わる茶碗の丸み。それだけで少し肩の力が抜けた。 悠真はそのときようやく、祖母に届けたいのは驚きではなく、無理なく胸に入っていく季節なのだと気づきかけていた。派手な工夫で振り向かせるのではなく、気づけばそばにある風や光のように。榊屋の長い時間が守ってきたものも、きっとそこにある。作業台の上で春夏秋冬の試作を見渡しながら、悠真は次に削るべきものを考えた。足すより先に、余分な焦りを引く。その先に、志乃の笑顔へ続く形があるような気がしていた。

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