エラベノベル堂

香の包み、季はひらく

全年齢

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7章 / 全10

和真は台所の灯りをひとつだけ残し、献立帳の断片を広げた。紙は晩秋の冷えを吸ったまま、指先にひやりとした。春の桜葉、夏の青柚、秋の栗、冬の黒糖。短い言葉なのに、並べるだけで四つの季節が別々の温度を持って立ち上がる。 「これだ」 思わず声が漏れたが、すぐに首を振る。まだだ。これをそのまま重ねても、ただ香りが強いだけになる。前に試したものは、香りを立てると舌の上の歯ざわりが眠り、歯ざわりを立てると季節の輪郭がほどけてしまった。甘さも、香りも、食感も、どれか一つが勝てば残りが黙る。 和真は小皿を並べ、試作を少しずつ崩しては組み直した。桜葉を増やすと春が先に来すぎる。青柚を強くすると夏が尖る。栗の甘さを厚くすると秋だけが重く沈む。黒糖を残せば冬のぬくもりは出るが、全体が締まりすぎる。 「だめだ、またどこかが潰れる」 額に浮いた汗を拭う。けれど諦める気にはならなかった。京子が求めていたのは、味の派手さじゃない。あの人はきっと、家族が同じ香りを吸い込んで、同じ瞬間に少しだけ遠い記憶へ触れることを望んでいたのだ。 ふと、湯のみの湯気が目に入る。立ちのぼっては消える細い白。和真ははっとした。 「順番だ」 春を先に押しつけるのでも、冬で締めるのでもない。包みをほどいた瞬間は桜葉のやわらかな気配、噛めば青柚の涼しさ、次に栗のほろりとした甘み、最後に黒糖の深い余韻が静かに残る。四つを重ねるのではなく、ほどける順に並べる。そうすれば、一口の中で季節が移る。 和真は思わず身を起こした。紙片の献立帳を見つめる目が、さっきより熱い。 「四季が順にほどける、一口菓子」 口にした瞬間、形がはっきりした。小さくてもいい。むしろ小さいからこそ、ひと息で季節を渡せる。 和真は残っていた試作を片づけ、新しい配合の札を取り出した。今夜のうちに、ある程度の形まで持っていく。明け方までにまとまらなくても、少なくとも家族に見せられる輪郭にはする。 障子の向こうはもう真っ暗だった。それでも、和真の目の前では四つの季節が、確かに一本の道になっていた。彼は静かに息を吸い、台所の端に積んだ包みを見た。 「見せる。今度こそ、ちゃんと」 誰に聞かせるでもなく呟く。すると背後で、床板がかすかに鳴った気がして、和真はふと振り向いた。だがそこには、ただ夜の静けさだけがあった。

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