町内会の催し会場は、冬の午後だというのに妙にあたたかかった。公民館の奥に並べられた長机の上で、松風堂の包みはひときわ静かに見える。和真は緊張で指先を硬くしながらも、ひとつずつ皿へ移した。 「お待たせしました。今日の分です」 子どもたちが真っ先に身を乗り出す。 「いいにおい!」 「こっちは何味?」 「味だけじゃないんだ。まず、香りを吸ってみて」 和真がそう言うと、ひとりが包みを開けた瞬間に目を丸くした。続いて歯ざわりを確かめ、頬をふくらませる。 「なんか、春みたい」 「え、ぼくは夏!」 「私はね、秋の栗のやつを思い出した」 隣で聞いていた年配の客が、ふっと笑う。 「私は縁側だねえ。昔、家族で食べた菓子の匂いに似てるよ」 会場のあちこちから、次々と似たような声が上がった。香りの先に浮かぶ景色は、人によって違うはずなのに、みんな少しだけ懐かしそうだった。 「面白いねえ。食べる前に、もう昔へ戻るみたいだ」 和真は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。京子は少し離れた席で、その様子を静かに見守っている。何も言わないが、目元はやわらかい。 そのとき、最後に残してあった一口を、宏が手に取った。店の者たちが、わずかに視線を向ける。宏は黙ったまま口へ運び、しばらく目を伏せた。 「……なるほどな」 低い声だった。和真は思わず背筋を伸ばす。 「父さん」 宏は菓子を見下ろしたまま、ゆっくり息を吐く。 「これは売り物として完成させるだけの菓子じゃない。京子さんの記憶を、家族で受け継ぐための菓子だ」 会場のざわめきが、ふっと遠のいた。 和真は言葉を失う。宏の口から、そんなふうに認められるとは思っていなかった。 「店の方針も、少し変えるべきだろうな」 宏はそう言って顔を上げた。厳しい目つきはそのままだが、そこにあったのは反対ではなく、静かな了承だった。 「季節を当てる菓子じゃない。季節を分け合う菓子にする」 京子が、そこで初めて小さくうなずく。 「ええ。ようやく、みんなで食べられるわね」 和真は、手の中の皿を見つめた。包みを開けた先に広がる香りは、もう一人の記憶だけのものではない。子どもの声も、年配客の笑いも、父の低い認める声も、全部が同じ冬の午後に重なっていた。 その輪の中心で、和真は静かに息を吸った。
香の包み、季はひらく
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