「解析、見えました」 美空は解析室のモニターを指先で拡大しながら、低く言った。保守船の中でもここだけは、機械の唸りが少し遠い。窓のない白い室内で、画面だけが青く瞬いていた。大貴は腕を組み、彼女の背後から覗き込む。 「どうだ」 「送信の座標が、ばらばらじゃないです。世界各地の海底ケーブル接続点に一致してます」 「接続点だと?」 「ええ。しかも、一箇所じゃない。短時間に複数大陸へ情報が流れた痕跡があります」 大貴は無意識に息を止めた。画面に並ぶ数字は、ただの記録には見えない。海の下を走る線のどこかで、何かが意図して流された。そんな輪郭だけが、冷たく浮かび上がっている。 「事故でも故障でもないな」 「私もそう思います。通信の切れ方が不自然すぎるんです。誰かが途中で経路を組み替えてる」 大貴は保守履歴を端末に呼び出し、古い記録と照合し始めた。指が速い。だが、並べれば並べるほど、普通の保守作業では説明がつかないことだけが増えていく。 「この時刻、点検では何も起きてない。圧力も、流量も、警報も正常だ」 「なら、外部要因?」 「外部でもない。少なくとも、記録上は痕跡がない」 大貴は画面を見たまま、舌打ちを飲み込んだ。 「つまり、隠してるやつがいる」 「はい。しかも、かなり上手い」 美空は一度だけログを巻き戻し、眉を寄せた。画面の隅に、自社の管理番号が見える。だが、その桁の一部だけ、まるで書き換えたあとを消し切れなかったみたいに揺れていた。 「主任」 「気づいたか」 「これ、番号が変です。元の管理番号の上から、別の識別子を重ねた跡がある」 大貴はその部分を凝視した。雑ではない。むしろ、注意深いからこそ見逃しそうな、薄い継ぎ目だった。 「社内の誰かが触ったのか」 「それか、触れられる立場の人がいるか」 二人の間に、短い沈黙が落ちた。船の軋む音だけが、やけに大きい。 「上層部に報告する」 大貴がそう言うと、美空はすぐに頷いた。 「非公開で、ですよね」 「ああ。通常報告の体裁は崩さない。でも、この改ざんは見せる必要がある」 「担当部署の経路も、もう一回洗います。誰が通したかまで」 美空は新しい解析窓を開き、関連する保守番号を次々に並べた。指先は落ち着いているのに、その横顔はいつもより硬い。 「内部に協力者がいるなら、次に動く前に気づきたいです」 「だな。こっちの動きが読まれたら終わりだ」 大貴は報告用の文面を打ち込みながら、ふとモニターの隅に残る識別符号を見た。昨日、甲板で見つけたあの記号だ。意味は分からない。だが、改ざんの痕と並ぶと、偶然とは思えない圧がある。 「美空」 「はい」 「これ、ただ外から流れてきたログじゃない。最初から、うちの中に触れたやつがいる」 美空はゆっくりモニターを閉じた。 「ええ。だからこそ、報告の順番を間違えません」 その言葉に、大貴は短く頷く。解析室の空気は静かなままだったが、机の上の端末だけが妙に熱を持っている気がした。誰かの手が、もうこちらのすぐ近くまで伸びている。そんな予感だけが、画面の青白い光の中で輪郭を持ちはじめていた。
深き回線、潮の黙示
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