「行きましょう」 会議室の扉が閉まった瞬間、美空の声はひどく乾いていた。大貴は一歩遅れて彼女の隣に立つ。さっきまで机の上に並んでいた資料は、役員の一言で空気ごと消えたみたいだった。 「説明は足りたはずだろ」 「足りてないんじゃなくて、聞く気がなかったんです」 廊下に出ても、会議の重さは肩に残ったままだった。担当役員は最初、ログの写しを見た途端に顔色を変えたくせに、最後は妙に整った声で言ったのだ。口外するな、と。しかも理由を聞く前に、話題ごと切り捨てるような目をしていた。 「記録担当は、どう処理されるんでしょうね」 美空がぽつりと漏らす。 「いたはずだ」 「でも、会議後の指示には名前がありませんでした」 大貴は足を止めかけて、すぐに歩調を戻した。さっきまで確かに同席していた担当者の名が、退出後の連絡文からきれいに抜け落ちている。最初から存在しなかったみたいに。 「気持ち悪いな」 「ええ。私たちが見たものまで、なかったことにしたいみたい」 エレベーターの表示灯が一段ずつ降りていく。無機質な沈黙の中で、美空の端末が小さく震えた。 「今、通知が」 「誰からだ」 「分かりません。差出人なしです」 画面を見た美空の瞳が、わずかに揺れる。大貴が覗き込むと、短い文だけが表示されていた。追うな。続ければ、お前たちも消える。続いて、港湾近くの古いデータ倉庫を示す座標が添えられている。 「脅し、か」 「たぶん。なのに、座標までついてる」 「罠だろうな」 「ええ。でも、わざわざ教えるってことは、隠したい何かがある」 エレベーターが静かに止まり、扉が開く。外の薄い光が差し込むと、空気が少しだけ軽くなった気がした。 「行くのか」 大貴が尋ねると、美空は一度だけ端末を握り直した。 「ここで黙ってたら、次は本当に消されます。座標の意味、確かめましょう」 「よし」 二人は並んで外へ出た。背後で扉が閉まる音が、やけに遠い。美空の端末の画面には、まだ消えない警告文が淡く光っていた。その下にある港の名は、まるで錆びた鍵穴みたいに、次の扉を待っているようだった。
深き回線、潮の黙示
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