エラベノベル堂

深き回線、潮の黙示

全年齢

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4章 / 全10

夜明け前、みらい二号は予定海域をわずかに外れた位置で漂うように速力を落としていた。船長は航跡に残らない程度の微調整だと言ったが、誰もそれを額面どおりには受け取らなかった。真琴たちは制御室にこもり、分散保存した断片の照合作業を続けていた。全体像を見せないまま骨格だけを拾う。その慎重さが、かえってログの異様さを際立たせた。 由良が新しい相関図を表示する。世界地図の上に、海底ケーブルの分岐点、主要取引所、衛星中継の経路が淡い線で結ばれ、その上に謎の記録の刻みが重なる。障害が起きた場所ではなく、障害が広がる前の節目に印があるのが不気味だった。事故や変動を追っているのではない。どこに負荷が集まり、どこで情報の流れが細くなるかを、先回りして測っているみたいだった。 潮の向きじゃなくて、海そのものの癖を読んでる。 由良の言葉に、真琴は小さくうなずいた。通信障害も市場の揺れも衛星経路の乱れも、別々の出来事に見えて、底では同じ管を流れる水圧の変化なのかもしれない。ログはその圧を、誰より長く見てきた目の記録だった。 朝六時、本社から再度連絡が入る。今度は形式ばった業務命令ではなく、随行ヘリによるデータ回収を検討中だという通知だった。ありえない速度だ。海況も距離も無視して、先に結論だけが飛んできている。相良が通信を切ったあと、机を指先で二度叩いた。 急ぎすぎてる。欲しいのは解析結果じゃない、元データそのものだ。 その直後、別系統の端末に短いメッセージが現れた。差出人は空欄。文章もない。ただ、座標と時刻、それから一つの数列。梶が青ざめる。 これ、昨日のログの核にあった並びと同じです。 誰かがこちらの進み具合を知っている。しかも外から脅しているのではなく、すでに船の呼吸に合わせてくるような近さで。制御室の空気が急に狭くなった。真琴は数列を既存の断片に重ねた。すると、散らばっていた記録の一部がきれいに接続され、海域ごとの出来事ではなく、もっと大きな周期が浮かび上がる。数日単位でも数時間単位でもない。年単位で繰り返される、海底インフラ全体の負荷のうねり。誰かが長い時間を使って、世界の情報の偏りを測り続けている。 国家の作戦なら、こんなに気が長くない。 相良のつぶやきに、今度も誰も反論しなかった。企業の監視なら利益の匂いがするはずなのに、この記録は冷えた潮流みたいに無機質だ。ただ、偏りが生まれるたび、そこに淡々と印を付けている。 真琴は窓の外を見た。朝の海は穏やかで、世界の争いなど何も知らない顔をしている。その下では、誰にも見えない線が大陸を結び、富も噂も命令も祈りも運んでいる。自分たちはその線の傷を直す仕事をしてきた。でも今、見えてしまったのは傷ではなく、線そのものをめぐる見えない綱引きだった。 受け渡しは保留。解析は続行する。だけど、次からは私たちだけの問題だと思わないで。 真琴がそう言うと、由良も相良も、そして梶も黙ってうなずいた。保守船の小さな制御室にいるはずなのに、机の上には国境より広いものが乗っている。その重さを確かめるように、端末の奥でまた新しい記録がひとつ、静かに灯った。

4章 / 全10

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