「……見えた」 潜水艇の狭い観測窓の向こうで、海は昼の光を飲み込みながら、鈍い青に沈んでいた。大貴は操縦席の脇に手をつき、前方を睨む。美空は計器の明滅を追いながら、息を整えた。 「想定より、かなり深くまで損傷してます」 「これが旧型中継装置の場所、だよな」 「ええ。ですが、装置そのものが見当たりません」 艇がゆっくりと接近すると、海底に残されたのは、丸ごと削り取られたみたいな空洞だった。周囲の岩肌には裂けた痕が走り、金属が引きずられたような白い擦過跡が広がっている。そこだけ、海底の記憶が無理やり剥がされたみたいだった。 「破壊痕、広すぎるな」 大貴が唸る。 「事故じゃない。誰かが中身を抜いた後に、隠すために壊してます」 美空の指が震えたのは一瞬だけだった。彼女は端末を抱え直し、回収した残骸の断片を解析画面に落とし込む。表示された断面には、複数の介入記録が重なっていた。 「主任、これ……一つの勢力じゃありません」 「民間業者だけじゃないってことか」 「はい。潜入の痕跡が、何層にもある。しかも、管理手順が違う」 大貴は歯を食いしばる。海底に残る無数の削り跡が、まるで見えない手同士の殴り合いの結果みたいに思えた。 「国家機関まで絡んでる、ってことか」 「そう見えます。誰かが先にデータを抜き取って、そのあとで各勢力が回収に来た……そんな順序です」 沈黙が艇内に落ちた。低いエンジン音だけが、金属の壁を震わせる。 美空は残骸をさらに展開し、最後の層を開いた。そこに現れた文面を見て、彼女の目がわずかに見開かれる。 「これ、通信ログじゃないです」 「違うのか?」 「いえ、もっと厄介です。隠蔽された国際会議の議事進行と連動してます」 大貴は画面に顔を寄せた。断片は、特定の時刻に合わせて送受信が切り替わるよう組まれている。まるで会議の議題が決まるたび、海の下で別の命令が走るみたいだった。 「議事の順番に合わせて、情報が動いてる……」 「ええ。誰かが会議の流れを読んで、先に世の中へ影を落としてるんです」 美空の声がかすかに硬くなる。 「情報戦は、もう始まってました」 大貴は窓の外へ目をやった。空洞の底には、何もないはずの場所だけが、妙に深く口を開けている。 「じゃあ、俺たちが見つけたのは、始まりの跡か」 「たぶん、もっと前から準備されてたんです」 美空は残骸の最後の信号を保存し、静かに端末を閉じた。 「主任、まだ終わってません」 「分かってる」 「この断片、すぐに消されるかもしれない」 「なら、消える前に全部見る」 潜水艇は海底の空洞の前で、ゆっくりと姿勢を保ったまま漂っていた。窓の外では、削られた岩肌の影が、何かを隠すように重なっている。大貴はその闇を見つめ、次に開くはずの扉を思い浮かべた。今はまだ、何も言えない。ただ、戦いはもう始まっていて、その中心に自分たちが立っていることだけは、はっきりしていた。
深き回線、潮の黙示
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