エラベノベル堂

深き回線、潮の黙示

全年齢

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7章 / 全10

本社からの着信は三度鳴って止み、四度目は船長室ではなく制御室の直通回線を選んできた。真琴はようやく受話したが、返ってきたのは担当者の声ではなく、定型文のように整いすぎた通知だった。取得済みデータは保安上の理由により指定先へ即時移送、現場判断による複製と追加解析は禁止。従わない場合、作業権限を停止する。命令の形をしていたが、背後にいるのが一つの組織ではないことは、もう隠しようがなかった。 切った直後、由良が別画面を開く。自律システムの帳簿と、各所から届いた要求の時系列を重ねた一覧だ。そこにはぞっとする一致があった。ある海域で記録が濃くなるたび、数日以内に監査名目の接触が増え、さらにその後、通信障害や市場の微細な揺れが起きている。追っていたのはログだけではない。ログを追う者たちの動きまで、長年の記録の中に薄く滲んでいた。 見られていたのは世界だけじゃない。世界を見張る側も、です。 由良の声はかすれていた。真琴は画面に指を置き、年輪のような記録の中心を見つめた。国家でも企業でもない観測者が、海底インフラの偏りだけでなく、それを利用し、隠し、奪い合う手の癖まで数えていたのだとしたら。この帳簿は証拠である前に、長すぎる監査の終点なのかもしれない。 梶が探査機の回収ログを確認しながら言った。もしこれを持ち去られたら、選別も検証もなく使われますよね。 ええ、と真琴は答えた。暴露のためにも、封印のためにも。 相良は無言で保存先の一覧を出した。船内、陸上の個人鍵庫、信頼度の異なる外部保全先。どれも単独では意味を持たないよう断片化されている。それでも十分ではないと全員がわかっていた。隠せば奪われる。広げれば崩れる。その綱渡りの上で、真琴はふと、海の底から届いた条件を思い返した。単独保全不適。あれは警告であり、同時に方法の提示でもあった。 船長が制御室に入ってきた。普段より硬い顔で、だが声だけは静かだった。上からヘリの話が消えた。代わりに、寄港後ただちに引き渡せと言っている。急ぎ方が変わった。力ずくより、痕跡を残さない方に舵を切ったらしい。 真琴はうなずき、窓の外を見た。海はあまりに平穏で、ここで交わされている判断が世界の継ぎ目に触れているとは思えない。だが、だからこそ現場で決めるしかないのだとわかる。大きな組織は秩序を守る。けれど、ときに守る対象を秩序そのものと取り違える。 私たちは公開役じゃない。隠蔽役でもない。 真琴は振り返り、一人ずつの顔を見た。 壊さずに届く形へ変える。そのための最初の責任を取る。 由良がゆっくりとうなずく。相良は短く息を吐き、梶もようやく肩の力を抜いた。結論はまだ先にある。だが選ぶべき道の幅だけは見えた。すべてを叫ぶのでも、沈めるのでもない。検証できる者へ、切り分けた事実から順に渡すしかない。 そのとき、沈黙していた補助端末に最後の記録が一つだけ浮かんだ。文字ではない、しかし意味は明白だった。観測終了ではなく、観測継承。真琴は小さく目を閉じた。深海の名もない監視者は、真実を託す相手を選んだのではない。ただ、独占させないために現場へ投げ返したのだ。重いが、妙にまっすぐな引き継ぎだった。

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