エラベノベル堂

深き回線、潮の黙示

全年齢

小説ID: cmnenbghw004n01n39jmdghce

7章 / 全10

「これ、私が送ったことになってる」 美空は端末を見つめたまま、乾いた声を漏らした。保守基地の隔離解析室は、分厚い防音材に囲まれているはずなのに、冷たい機械音だけがやけに近い。壁際のラックで青いランプが点滅し、机の上の画面に、ありえないファイル名が並んでいた。 大貴が背後から覗き込む。 「業務ファイルか」 「ええ。でも送信元が、私の端末になってます」 「冗談じゃないな」 「しかも中身……主任の行動予定まである」 美空の指が止まる。そこには、潜水艇の出航時刻や倉庫での移動経路、さっきまで交わしていた会話の要点まで、まるで見ていたかのように並んでいた。大貴は画面を一瞥し、すぐに顔をしかめる。 「会話記録まで拾ってるのか」 「録音していた覚えはありません」 「なら、基地のどこかで盗まれた」 美空は唇を噛んだ。自分の名前で開かれたファイルなのに、そこに書かれているのは自分の記憶ではない。誰かが彼女の席に座り、彼女のふりをして二人を見ていたような、ぞっとする感覚だった。 「内部協力者、ですね」 「しかも、かなり近い」 大貴は椅子を引き、端末の送信経路を洗い始める。だが、表示されるのは基地内の複数端末を経由した痕跡ばかりで、ひとつに絞れない。 「関係者を絞る」 「どうやって?」 「動いたやつから順に見るしかない」 その時、壁の内線端末が一度だけ震えた。短い着信音もなく、画面だけが勝手に点灯する。二人が視線を向けると、そこには名乗りのない文面が浮かんでいた。 協力するなら、全データを引き渡せ。 相手は政府系の連絡役だとしか分からない、冷えた文体だった。 美空が息を呑む。 「接触してきた」 「向こうも、これを知ってる」 「引き渡せ、って……」 「取引だな」 大貴は低く言い切った。画面の光が、彼の横顔に鋭い影を落とす。 「協力の代わりに、全部渡せってことだ」 美空はファイルを閉じ、次に表示された送信時刻を見た。ほんの少し前、彼女が端末に触れていないはずの間に、すでに送り終えている。 「主任」 「なんだ」 「これ、私たちのどこまでが見られてるんでしょう」 答えはすぐには返ってこない。大貴もまた、何を信じればいいのか測りかねていた。基地の外へ出れば追跡される。ここに残れば、内側から切り崩される。どちらも安全ではない。 「味方だと言い切れるやつ、いるか」 「……今は、いません」 美空の声は小さいのに、妙に真っ直ぐだった。 大貴は短く息を吐き、窓のない隔離室の天井を見上げる。夜が近い。まだ空は暗くないはずなのに、室内の空気だけが先に沈んでいくようだった。 「判断不能、ってやつか」 「ええ。どこからが罠で、どこまでが本当か、もう分かりません」 その言葉の直後、端末の警告灯が赤く変わった。静かな室内に、乾いた電子音が一つだけ響く。大貴は画面を睨み、美空は送られてきた偽ログの末尾に残る見慣れた符号を見つめたまま、指先をわずかに震わせた。

7章 / 全10

TOPへ