エラベノベル堂

深き回線、潮の黙示

全年齢

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9章 / 全10

「こっちです」 美空の案内で、大貴は海上監視拠点の細い廊下を抜けた。壁の向こうでは、機械の低い唸りが絶えず揺れている。未明の冷気が窓の隙間から入り込み、金属の手すりを触れるたび指先が痛んだ。 「まだ反応はあるか」 「あります。あえて流した改ざんデータ、ちゃんと誰かが食いつきました」 大貴は小さく息を吐いた。基地屋上で逃がした断片を餌にして、反応した回線だけを逆に辿る。危ない賭けだったが、今はそれしかない。 「で、引っかかったのは上層部じゃなかった、と」 「はい」 美空は端末を見たまま、声を落とした。 「現場の安全を守る立場の人です。こちらの動きを止めるためじゃなくて、むしろ守ろうとして、嘘を重ねていたみたい」 「守るための嘘か」 「でも同時に、利用するための嘘でもありました」 その言葉に、大貴は足を止める。単純な裏切りではない。誰かを守る顔と、誰かを使う顔が同じ場所に重なっている。そう考えるだけで、背中がざらついた。 「つまり、協力者は敵じゃない」 「完全な味方でもありません」 美空は端末のログを指で送る。 「けど、少なくとも私たちを売るためだけに動いてたわけじゃないです」 大貴は黙って画面を覗き込んだ。逆探知の経路は、監視拠点の内部回線を何層も通っている。上層部のきれいな経路ではなく、現場の雑多な配線の隙間に紛れていた。 「現場の人間が、現場を守るために隠したってことか」 「ええ。でも、それが結果的に何を助けて、何を隠したのかは、まだ分かりません」 美空は別のウィンドウを開いた。そこには、最後まで読み切れなかった未解読ログが一件だけ残っている。彼女の目がわずかに細くなった。 「主任。これ、開きます」 「今か」 「今しかありません。さっきの逆探知で、向こうも動いてます」 大貴は頷き、扉のそばに立って周囲を見張った。美空の指が画面を滑る。数秒の沈黙のあと、文字列の一部がほどけ、地図の線みたいな座標へ変わった。 「……別系統だ」 「ええ」 美空の声が、かすかに震える。 「表向き失われたはずの、別の海底網です」 大貴はその一文を見つめ、喉の奥が渇くのを感じた。失われたと言われていたものが、まだどこかで息をしている。しかも、それは今まで追ってきた網とは別物だ。 「つまり、まだ先がある」 「はい。しかも、かなり深いところに」 美空は端末を閉じなかった。開いたままの画面に、座標だけが淡く浮かぶ。廊下の奥で、誰かの足音がかすかに止まったような気がした。 大貴は美空と目を合わせる。 「行くしかないな」 「……ええ」 その瞬間、拠点の照明が一度だけ揺れた。まるで海の底から、見えない何かがこちらを呼び上げるみたいに。

9章 / 全10

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