エラベノベル堂

孤島綴り、沈黙の継ぎ目

全年齢

小説ID: cmnenc97j000301mnwniq38lk

5章 / 全10

共有端末から離れたあとも、その一文の熱だけが指先に残っていた。俺は眠気を装って早々に床へ入るふりをしたが、宿舎の消灯が落ちた直後、胸の奥で何かが引っかかったままだった。あの一行が、なぜ教官の目をあれほど強く引いたのか。考えるほど、ただの創作では済まない気がしてくる。 深夜の見回りが遠のいたのを確かめてから、俺は静かに身を起こした。廊下は冷え、靴底の音がやけに響きそうだった。図書室の奥なら、昼間に触れた資料の続きがあるかもしれない。そう思っただけで、足が勝手に動いた。 鍵のかかっていない脇扉の先は、紙の墓場みたいにひっそりしていた。棚の影が重なり、古い段ボールの匂いが鼻をつく。奥まった保管室に手を伸ばすと、薄い封筒がいくつも並んだ箱が目に入った。背表紙のない束、折れた表紙、消えかけた書き込み。その中に、ひときわ乱暴に挟まれた紙束があった。 「……これか」 引き抜いた瞬間、砂を噛んだような紙の感触が指に残った。古い下書きだった。さらにその下から、面会記録らしい紙が数枚滑り出る。日付は並んでいるのに、肝心の時刻だけが飛んでいる。あるページは受付時刻のあとが白く抜け、別のページは終了時刻だけが欠けていた。 「おかしい……」 読み進めるほど、背中が冷えていく。事件当夜の流れが、途中で何度も切れているのだ。誰がどこへ行ったか、誰が何を見たか、つながるはずの箇所に、都合よく穴が空いている。空白はひとつではない。しかも、空白の前後にある記述だけが妙に整っていて、かえって不自然だった。 俺はページをめくる手を止めた。紙の端に、鉛筆で小さく書き込まれた語がある。削除。保留。再確認。記録として残すには、あまりに生々しい。これが、あの作品の下敷きになっているのだとしたら、俺たちが書いているのは小説の形をした目録にすぎない。 「なあ……これ、創作じゃないだろ」 自分の声が、保管室の棚に吸われた。答える相手はいない。それでも、さっきまでの言い争いが別の意味を持ち始める。矛盾は偶然じゃない。誰かが忘れたのではなく、最初から抜かれている。沈黙は無地のまま残され、そこに文字を置かせるために、俺たちは集められたのかもしれない。 下書きの一枚を裏返すと、欄外に細い文字が走っていた。語り手、変更不可。俺は喉の奥で息を止めた。見つけたのは手がかりだ。だが同時に、ここから先はもう書いて終わる話ではないと理解してしまった。 「調べるしかないな」 誰に向けた言葉でもないのに、口にした瞬間、妙に腹の底が据わった。俺は束を抱え直し、欠けた時刻の並ぶページを見下ろす。共同執筆は、いつのまにか調査になっていた。沈黙を飾るための文章じゃない。破るための言葉が、今夜は必要だ。

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