エラベノベル堂

ひかり荘、応答の余白

全年齢

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3章 / 全10

夕方の光は、郵便受けの並ぶ壁を斜めに撫でていた。ひかり荘の外廊下には、配達されたばかりの箱が二つ、少し乱暴に積まれている。片方は工具の部品が詰まった小さな箱、もう片方は封の甘い手紙の束だった。 「また、違う部屋に入ってる」 低く漏れた声に、麻衣は振り向いた。人間の住民が腕を組み、すぐそばでロボットの住民が配達票を見下ろしている。互いに不満はあるのに、どちらも先に手を伸ばさない。その沈黙が、余計に不信感を太らせているようだった。 「すみません。今、確認します」 麻衣は配達票を一枚ずつ見比べた。差出人の記入欄、受取人の部屋番号、苗字の読み。そこでようやく、気づく。似た綴りの名前が、読み違いのせいで逆に覚えられていたのだ。配達人の手元で少し崩れたまま、別人の郵便として重なってしまったらしい。 「こちらは、三号室の久野さん宛て。こっちは、八号室のクオンさん宛てです。見た目が少し似ていたみたいです」 「似ている、で済ませるには雑だけどね」 人間の住民が言うと、ロボットの住民は少し遅れて肩をすくめた。 「音の区切りが違う。記号だけでは足りない」 麻衣は黙ってうなずき、箱を正しい手へ渡し直した。受け取る瞬間、どちらもまだ少し硬い顔をしていたのに、箱の中から覗いた工具の柄が目に入った途端、空気が変わる。 「そのレンチ、まだ同じ型使ってるのか」 「使ってる。先端が少し摩耗しやすいけど、締める角度が安定する」 「へえ、そこは俺のと同じだ」 いつの間にか二人は、配達の文句より先に工具の話をしていた。ねじの山の癖、持ち手の滑り止め、古い部品を無理に回さないコツ。麻衣はその横で、さっきまでの張り詰めた顔がほどけていくのを見ていた。 「名前を間違えられると、けっこう腹が立ちますけど」 人間の住民が苦笑する。 「同じです。呼び方の誤差は、予想以上に大きい」 ロボットの住民も、いつもより穏やかな声だった。 麻衣は台帳を開き、夕方の欄に短く書き留める。 届け先の取り違えは悪意ではなく、名前の読み違いが広げた誤解だった。正しく渡し直したあと、両者は同じ工具をきっかけに修理の話を始めた。 ペン先を止めたまま、麻衣は二人の会話を聞く。伝わらないことは、必ずしも誰かの敵意ではない。音のずれ、記憶のずれ、確かめ損ねた一歩。その隙間に、誤解は静かに入り込む。 それでも、だからこそ。 麻衣は最後の一行を、少しだけ丁寧に書いた。 伝わらないことは、悪意だけではない。

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