エラベノベル堂

豚汁謎解き帖

全年齢

小説ID: cmneojn6p000y01q73fldr3wi

4章 / 全10

コンテスト前日、私たちは買い物表を手に、もう一度商店街を回った。ただ材料を集めるためじゃない。どこで何が入れ替わるのか、誰がどんな顔でそれを見ているのか、確かめるためだ。昨日まで曇って見えていた通りは、今日は妙にはっきりしていた。秋の空気が冷たいせいか、それとも私の中で迷いが減ったせいかもしれない。 丸新青果では、おじさんが私たちの顔を見るなり、今日は取り置きしてあるぞと言って奥から大根とにんじんを出してくれた。近くの農家の分だけを選んでくれていて、切り口はみずみずしく、土の匂いもしっかりしている。杉本精肉店では、杉本さんが祭り用に確保していた豚ばらと肩を、うちの配合に合わせて分けてくれた。福田味噌蔵では、福田さん自ら樽を開け、いつもの合わせ味噌を小分けにしてくれた。袋には太い字で店名と配合名まで書かれている。そこまでしてもらうと、応援されているというより、背中を預けられている気がした。 けれど、乾物屋の前で足が止まった。店先の棚札がまた少しずれていたのだ。昨日私が確かめた位置と違う。おばあさんは首をかしげ、朝来た時にはこうなっていたと言う。誰かが、ほんの少し手を加えて、間違いが起こる余地だけを残していく。露骨ではない。だからこそ厄介だった。 真帆が通りの向こうを見て、あの人、と低く言った。再開発の説明会で見た背広姿の男が、空き店舗の前で電話をしていた。笑っているのに、通りを値札みたいに見ている目だった。すぐそばには駅前カフェの店長もいる。二人は親しげというより、利害でつながっているように見えた。 私は息を整えて近くの自販機の陰に立った。風向きが変わるたび、会話の切れ端が飛んでくる。古い店ばかりでは客は伸びない、今年のイベントで印象が落ちれば話が早い、そんな言葉が混じっていた。カフェの店長はあいまいに笑い、でも露骨なことは困りますよと返している。少なくとも、全部が一枚岩じゃない。そのことだけでも救いだった。 結衣が不安そうに私を見る。どうしますか。 騒ぎ立てない、と私は言った。今ここで言い合っても、言葉は湯気みたいに散るだけだよ。だったら明日、絶対にぶれない材料で、ぶれない手順で作る。その上で、おかしいことはおかしいって示そう。 自分で言っていて、ようやく腹が決まったのがわかった。勝つためだけじゃない。私たちの豚汁が、商店街の店や人の積み重ねでできていると証明するために作るのだ。 学校へ戻ると、私たちは最後の試作を始めた。だしを引く前に香りを確認し、味噌は開封した瞬間に真帆と私で色を見る。野菜は厚みをそろえ、豚肉は最初にしっかり焼きつける。鍋の中で玉ねぎが透き通り、大根の白がだし色を含んでいく。その変化を見ていると、ここ数日の不安が少しずつほどけていった。 一口すすった瞬間、部室の空気が変わった。塩気は尖らず、甘みは遅れず、味噌の香りが豚の旨みとちゃんと手をつないでいる。これだ、と真帆が笑い、結衣は目を丸くしたまま何度もうなずく。私もようやく息を吐いた。 窓の外では、明日の会場の提灯が試験点灯され、赤い光が夕暮れの中に浮かんでいた。きれいだと思うのと同時に、その下で何が起きるのかを想像して、胸の奥が静かに熱くなる。ただの料理勝負では終わらない。そんな予感が、でき上がった豚汁の湯気の向こうで、確かな輪郭を持ち始めていた。

4章 / 全10

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