「業者さんの箱、もう届いてたんだ」 美紀は搬入口の前で立ち止まり、段ボールの山を見上げた。夕方の光が校舎裏のコンクリートを斜めに照らしていて、積まれた箱の影だけがやけに長い。買い出し担当として確認に来ただけなのに、胸の奥が妙にざわつく。 「なにか変?」 後ろから声をかけられて振り向くと、香織が来ていた。美紀は慌てて首を振る。 「変っていうか……これ、見て」 開封された箱の中から、乾燥した細い野菜の束が覗いていた。豚汁の具材としては見慣れないものだった。美紀が指でつまむと、ぱり、と軽い音がする。 「これ、うちのメモにないよね」 「ない。追加発注もしてないはず」 香織の声が少し低くなる。美紀は箱の側面に貼られたラベルに目を落とした。そこには聞き慣れない古い地名が印字され、その隅に、小さく手書きの名前が添えられていた。 「これ、誰が書いたの……?」 「業者さんじゃない気がする」 香織がラベルを覗き込む。美紀はその文字の癖のある丸みを見つめたまま、息を呑んだ。誰かが、ただの文化祭の材料に混ぜるには不自然な気持ちで、ここへ持ち込んだのだと分かってしまう。 「個人的に、入れたってこと?」 「たぶんね。しかも、かなり前からこの味に触れてた人だと思う」 美紀は乾燥野菜をそっと箱に戻した。台所でよくある買い忘れや、うっかりの追加とは違う。これはもっと、持ち主の記憶に近い場所から来たものだ。 「……豚汁って、ただのメニューじゃなかったんだ」 自分の口から出た言葉に、美紀は少し驚いた。鍋の向こう側にあるはずの味が、急に遠い過去とつながった気がしたのだ。 香織が短く息を吐く。 「そうかもしれない。少なくとも、誰かにとってはそうなんだろうね」 美紀はもう一度ラベルを見る。古い地名と、消えそうな手書きの名前。知らないはずの文字なのに、なぜか懐かしい匂いがした。文化祭の準備はまだ途中だ。けれど今、鍋の中身より先に、見えない記憶のほうがこちらを見つめ返している気がしてならなかった。
豚汁謎解き帖
全年齢小説ID: cmneojn6p000y01q73fldr3wi
