エラベノベル堂

豚汁謎解き帖

全年齢

小説ID: cmneojn6p000y01q73fldr3wi

6章 / 全10

「……これ、見覚えある」 香織は窓際でノートをめくる指を止めた。午後の光が薄く傾いて、家庭科準備室の白い天板に、紙の影だけが細くのびている。さっきまで黙っていた凛桜が、肩をわずかに強ばらせた。 「何が」 「この走り書き。筆の跳ね方、間違いない。凛桜、あなたのお祖母さんのメモと同じだよ」 彩花が息をのむ。 「え、どういうこと」 香織はページの端をそっと示した。祖母の味に戻したい。その文字の癖は、以前に見せてもらった古い献立表の端書きと、驚くほどよく似ていた。誰かの真似ではなく、同じ手からこぼれた線だとしか思えない。 凛桜はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。笑ったというより、崩れそうな顔を必死に保った音に近い。 「……見つかったなら、もう隠せないね」 「凛桜」 「祖母の病室で食べた豚汁が、ずっと忘れられなかった」 言葉が落ちるたび、部屋の空気が少しずつ重くなる。 「同じ味を作れば、あの時の祖母に少し近づける気がした。だから、ほんの少しだけ調整した。隠すつもりも、壊すつもりもなかった」 彩花の顔色が変わった。 「でも、それで配合が変わったんだよ。私たちがずっと守ってきた、定番の味も」 凛桜は目を伏せる。 「知ってる。だから言えなかった」 「言えなかった、じゃ済まないよ」 彩花の声が震えた。怒りというより、信じていたものが足元から抜けたみたいな揺れ方だった。 「去年も、前も、みんなで同じ味を作るって決めてたじゃん。私、それを大事にしたかったのに」 「彩花、落ち着いて」 香織が割って入るが、彩花は首を振った。 「落ち着けないよ。だって、約束を勝手に変えたのと同じじゃん」 凛桜は何も言い返さない。ただ、ノートの上に落ちた自分の影を見つめていた。 香織は二人の間に立ちながら、胸の奥で何かがきしむのを感じる。祖母の味を追う気持ちは分かる。けれど、その一歩が彩花の守ってきたものを踏んでしまったのも事実だった。 窓の外で部活帰りの声が遠ざかる。準備室の中だけが、妙に静かだ。 「……ここから先、簡単には元に戻らないね」 香織がそう言うと、彩花は唇を結び、凛桜は返事をしなかった。三人の間にできた亀裂は、まだ言葉にならないまま、白い光の上にくっきりと残っていた。

6章 / 全10

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