表彰式が終わっても、広場の熱はなかなか冷めなかった。駅前カフェの前には優勝を祝う人だかりができ、私たちの鍋の前には、もう売り切れたはずなのに感想だけを伝えに来る人が立ち止まっていく。悔しさはたしかにあった。けれど胸の中にあるのは、負けた痛みだけではなかった。大鍋の底を最後にさらった時みたいな、やり切ったあとの静かな重みが残っていた。 片づけをしていると、福田さんがそっと近づいてきた。菜々ちゃん、少しいいかい。そう言って視線で広場の端を示す。そこには、あの背広の男が商店街の役員に囲まれて立っていた。逃げるような顔ではない。むしろ観念した人の、妙にすっきりした横顔だった。 男は再開発会社の担当者だと名乗り、自分が棚札や品を紛らわしく動かしたことを認めた。ただし、店を潰すためではないと言った。最初は、イベントがいかに脆いかを示して、古い商店街の限界を役員たちに見せるつもりだったらしい。少し揺さぶれば崩れるなら、それまでだと思っていたのだと。 でも、と男は広場を見渡した。実際には逆だった。ひとつの鍋を守るために、八百屋も肉屋も味噌蔵も動いた。若い店も古い店も、完全には同じ側じゃなくても、壊し方より立て直し方を選んだ。自分の見立てが浅かった、と。 その言葉に、私は怒るより先に拍子抜けした。悪意はあった。けれど底のない憎しみではなかったのだ。商店街の人たちも、厳しい顔のまま黙って聞いていた。やがて役員の一人が、なら見直すのは計画だけじゃないな、と低く言った。店を残すか変えるかではなく、どうつなぐかを話し直す。そう決めた声だった。 その時、駅前カフェの店長が紙椀を二つ持ってきた。優勝作のきのこクリームスープだった。代わりに、うちにも残りをくださいよと言われ、私は笑って鍋底の豚汁をほんの少しよそった。白いスープと茶色い豚汁。並べると全然違うのに、どちらも湯気は同じようにやわらかかった。 ひと口交換して飲んだ瞬間、思わず顔を見合わせる。おいしい。悔しいくらい、ちゃんとおいしい。店長も私の豚汁を飲んで、負けた気がすると笑った。 夕暮れの提灯の下で、商店街の人たちが自然に輪になっていく。そこに新しい店も古い店も関係なかった。私は空になった鍋を抱えながら、ようやく気づいた。今日立て直したのは、豚汁の味だけじゃない。この通りの未来の味見だったのだ。 帰り道、真帆が次は絶対優勝ねと言い、結衣がその前にカフェのスープ研究したいですとはしゃぐ。私はうなずきながら、少し先の光を見ていた。料理部の次の目標は優勝。でも私自身の目標は、その先にできた。いつか、対立している人同士でも同じ鍋を囲める料理を作る人になる。秋の夜気は冷たかったのに、胸の奥には、まだ消えない湯気が残っていた。
豚汁謎解き帖
全年齢小説ID: cmneojn6p000y01q73fldr3wi
