エラベノベル堂

豚汁謎解き帖

全年齢

小説ID: cmneojn6p000y01q73fldr3wi

9章 / 全10

翌週の放課後、商店街の集会所には見慣れた顔と見慣れない顔が同じ長机を囲んでいた。丸新青果のおじさん、杉本さん、福田さん、駅前カフェの店長、それに商店街の役員たち。料理部は進行役として呼ばれ、私の前には白紙のメモ帳と、試作のための小鍋が置かれている。コンテストの日とは違う静けさがあった。勝ち負けではなく、何を残し、何を変えるかを話す場所の静けさだ。 最初はぎこちなかった。古い店を守りたいという声もあれば、新しい客を呼ぶ工夫が必要だという声もある。どちらも間違っていないのに、言葉だけだと角が立つ。私は何度か口を開きかけて、やめた。下手にまとめようとすれば、薄い出汁みたいに全部がぼやける気がした。 その時、駅前カフェの店長が持ってきた乾燥きのこの袋を机に置いた。福田さんは黙って新しい合わせ味噌の小さな容器を出す。丸新のおじさんは里芋を新聞紙ごと差し出し、杉本さんは豚肉じゃなく、今日は鶏も持ってきたぞと言った。 真帆が私の袖を引く。菜々、話すより先に作ろう。 私はうなずいた。集会所の隅にある簡易コンロへ鍋をかける。豚汁ではない。きのこの香りを軸に、味噌の丸みを使い、里芋でとろみを支える汁物。昔ながらでもなく、完全に新しくもない、商店街の今の形をそのまま鍋に入れるみたいな一杯だった。 切る人、量る人、味を見る人。気づけば店主たちも部員も自然に手を動かしていた。福田さんが味噌はまだ早いと言い、カフェの店長がきのこは最後に香りを立てたいと返す。杉本さんは鶏の脂が出すぎないよう火加減を見て、丸新のおじさんは里芋の崩れ具合をじっと見守る。そのやり取りは議論よりずっと正直だった。 でき上がった汁を小さな椀によそい、皆で同時に口へ運ぶ。最初に広がったのはきのこの深い香りで、そのあとに味噌のやわらかさが続き、里芋が全体を静かにつないだ。誰か一人の店の味ではないのに、不思議と商店街の景色が浮かぶ味だった。 いいじゃないか、と役員の一人がつぶやいた。 福田さんも、これなら古い味噌も生きる、と言う。カフェの店長は、若い人にも届きますねと笑った。私はその顔を見て、胸の奥があたたかくなる。コンテストの日に守ったのは過去だけじゃなかった。こうして混ざり合える未来の入口だったのだ。 会の終わり際、商店街の人たちは来月の食の会でこの新しい汁物を出してみようと話し始めた。名前はまだ決まっていない。でも、どこかの店の看板ではなく、商店街みんなの一杯にしようという声でまとまっていく。 帰り道、私はメモ帳を開いた。新しい料理名の候補を書くつもりだったのに、先に別の言葉が出てきた。料理でつなぐ人になる。 進路希望の欄に何を書くか、ずっと迷っていた。でも今ならわかる。私はただ上手に作れる人になりたいんじゃない。違う味を持つ人たちが、同じ卓につけるような一杯を考え続けたいのだ。 夜風は冷たかったのに、指先にはまだ鍋のぬくもりが残っていた。商店街の灯りが遠くでにじみ、その向こうに、まだ見たことのない大きな厨房の景色がぼんやり浮かぶ。私はお玉を持つ手をポケットの中で握りしめ、次はどんな鍋を囲めるだろうと、少し笑いながら歩き出した。

9章 / 全10

TOPへ