列車が揺れるたび、窓の外の廃線跡が細い影になって流れていった。山肌に残る朝の湿り気が、車内の木の床にもまだ少し冷たく染みている。海斗は手袋越しに改札鋏を握り、向かいの座席に置かれた乗客の忘れ物へ目を向けた。 「ほんとに、これでわかるんですか」 慎は腕を組んだまま、前方を見ていた。 「確かめろ。見れば済む話だ」 海斗はまず、折りたたまれた古い切符に鋏を近づけた。かち、と軽い音がして、すぐに、鈴の底を指で弾いたみたいな小さな響きが返る。 「鳴った……」 次に、錆びた名札。表面の文字は読みにくいが、海斗がそっと寄せると、鋏はまたかすかに震えた。だが、横に置かれた水筒や、色の褪せた手袋には何も起きない。 「失くしものにだけ反応してる……?」 海斗が顔を上げると、慎は短く息を吐いた。 「そうだろうな」 「それ、最初から知ってたんですか」 「半分だけだ。昔から、この町じゃ語られないことがある」 車輪の響きが、一瞬だけ遠くなった気がした。海斗は冗談にするには重い空気を感じて、鋏を握り直す。 「語られない、って」 「失踪だよ」 その一言は、窓の外の風景より静かだった。だからこそ、やけに耳に残った。 「失踪……誰が」 「今は知らなくていい。お前は持ち主を探せ。拾った物の相手を見つける、それが先だ」 慎はそれ以上言わなかった。けれど、その横顔には、車内の明かりでは隠しきれない影が落ちていた。海斗は改札鋏を見下ろす。古い切符に触れたときの音だけが、まだ手の中に残っている。 「じゃあ、これを順番に当てていけばいいんですね」 「そうだ。乗客の忘れ物からだ。余計なことはするな」 「余計なこと、ですか」 「この町では、物にも持ち主にも、触れていい順番がある」 慎の言葉は曖昧だったのに、不思議と冗談には聞こえなかった。海斗は頷き、次の忘れ物へ鋏を近づける。ふたたび、微かな鈴音。誰かの手から滑り落ちたものだけが、確かにそこにあった証みたいに、鋏は小さく返事をした。 「……見つけますよ」 海斗がそう言うと、慎はようやくこちらを見た。 「見つけろ。ただし、見つけた先で驚くなよ」 その言い方が妙に引っかかって、海斗は思わず眉を上げた。だが慎はそれきり口を閉ざし、窓の外へ視線を戻す。廃線跡の先に、次の停留所の影が細く見え始めていた。海斗は鋏をそっと掌に乗せたまま、まだ鳴るかもしれない小さな気配を聞き取ろうとした。
改札鋏に鳴る約束
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