七月に入ると、トロッコ列車は週末ごとに満席に近くなった。悠真は切符の確認をし、乗り込み口で子どもに手を振り、途中駅跡では車内案内まで任されるようになった。見習いの札はまだ外れない。それでも仕事の合間に胸ポケットへ指をやる癖がついていた。改札鋏は、景色のよい場所では黙っているのに、人の記憶が濃く滞るようなところでだけ、小さく喉を鳴らすように響いた。 最初に強く反応したのは、雨上がりの朝だった。休憩所の軒先で、ちきん、と短く鳴る。足元を探ると、古い毛糸の手袋が一双、濡れた木箱の陰に挟まっていた。持ち主はすぐには現れなかったが、それを見た沼田老人が、昔は冬の始発にこういう手袋の匂いが駅じゅうにしていたものだと懐かしそうに言った。その言葉を聞いた途端、悠真はただの忘れものではない気がした。新しい品より、時を吸いこんだものに、この鋏はよく反応する。 その確信は次の週に強まった。車内の床下から見つかった色あせた硬券切符。日付は読めないほど薄れていたが、裏に鉛筆で、小さく、また来ると書いてある。さらに終点跡の売店脇では、子ども向けの小さな鈴が見つかった。銀色の塗装は剥げ、振ってもかすかな音しかしない。だが改札鋏は、その鈴の前でひときわ澄んだ音を返した。まるで離れ離れのもの同士が、ようやく挨拶を交わしたみたいだった。 悠真は集まった品を持って、町の資料館へ通うようになった。古い駅舎を改装した小さな建物で、学芸員の篠崎は三十手前の細身の女性だった。記録の山に埋もれて暮らしているような人で、悠真が差し出した切符や鈴を、面倒がるどころか真剣な顔で白い布の上に並べた。 廃線の頃は帳簿も聞き取りも中途半端なんです、と篠崎は言った。路線がなくなる直前、荷物の整理と人の異動で現場がかなり混乱していて。だから何かが消えても、誰のものか、どこへ行くはずだったか、記録がつながらないことが多いんです 行方不明の人も、その混乱の中で曖昧になったんでしょうか 事件だったと決めつけるには根拠が薄いです。でも、誤解が育つ余白は十分あった その言い方が妙に胸に残った。誰か一人が消えたというより、いくつもの言えなかったことが、同じ場所に積もっていったのかもしれない。 調べものには、もう一人、自然に加わる顔ぶれができた。常連客の少女、澪だった。中学生くらいで、長い三つ編みを揺らしながら毎週のようにトロッコへ乗りに来る。沿線の草花や古い駅名にやけに詳しく、資料館にもふらりと現れては、昔の観光パンフレットの中から手がかりを見つけてしまう。 この鈴、子ども向けの土産物じゃないよ 澪は展示ケースの古写真を指さした。そこには祭りの日、駅員らしい男が改札口で子どもたちに何かを配っている姿が写っていた。拡大すると、小さな鈴が紐で束ねられている。 開通記念の再配布イベントだ。廃線が決まった年にも、たしかもう一度やる予定だったんだね 予定だった、という一言が引っかかった。実施されなかった催し、渡されなかった品、返されなかった言葉。資料の断片を追うたび、悠真には、失踪は一瞬の闇ではなく、約束の糸が何本も切れた先に生まれた空白のように思えてきた。胸ポケットの中で改札鋏が、静かに、しかし確かに次の場所を知っているように鳴った。
改札鋏に鳴る約束
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