正午を少し回った案内所は、外の陽射しだけがやけに白かった。木枠の窓の向こうで観光客の声が途切れ、海斗は受付台の端に広げられた古い台帳へ視線を落とした。 「これ、古い名簿ですよね」 「勝手に触るなって言っただろ」 背後で慎が低く言う。だが海斗は、改札鋏を握ったまま台帳の紙面をそっとなぞった。すると、ぱち、と小さな鈴音がした。 「……鳴った」 「何にだ」 「この名前、かな」 黄ばんだ紙には、十数年前に町を出たはずの住民たちの名が並んでいた。失くしものを探していたはずなのに、気づけば海斗の目は消えた人の欄に吸い寄せられていた。名前の横には、誰かが細い鉛筆で書き足したような記号が残っている。 「この人たち、みんな同じ時期に消えてるんですか」 海斗が問うと、慎は一拍置いてから頷いた。 「そういう言い方はするな。……昔のことだ」 「でも、何かある」 「だから見るなと言った」 海斗は案内所の壁に掛かった地図へ目を移した。観光用に新しく刷られた路線図のはずなのに、古い案内板と食い違っている。現在の停留所の位置と、地図の端に薄く残る古い道筋がずれていた。 「慎さん。これ、変じゃないですか」 「どこがだ」 「ここです。消えた人たちが向かった先、同じ停留所の名前が何度も出てくる」 慎の視線が止まる。海斗は指先で古い案内板を追った。そこには、今の路線図にはない停留所名が、何度も、何度も記されていた。まるで誰かが同じ場所へ誘い込まれるみたいに。 「どうしてこんなに重なってるんでしょう」 「……案内板は古い。ずっと古い」 「じゃあ、書き換えたんですか」 慎は答えなかった。ただ、窓の外へ目を向けたまま、硬い声で言った。 「海斗。名簿を持ってこい。陽太に見せる」 「駅長に?」 「お前ひとりで抱えるな。そこは、まだ触る順番じゃない」 海斗は鋏を握り直した。紙の上で、もう一度だけ微かな音が鳴る。失くした物を探していたはずなのに、その音は、失くした人の背中を指しているみたいだった。 「……順番、ですか」 「そうだ」 慎は名簿の端を見つめたまま、短く言う。 「この町では、知っていいことにも順番がある」 海斗は古い地図と新しい路線図を見比べ、静かに息を呑んだ。紙の上で重なる停留所名が、どこか遠い場所へ続く矢印みたいに思えた。案内所の時計は、ちょうど昼の針を過ぎたばかりだった。
改札鋏に鳴る約束
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