八月の光は、線路跡の砂利まで白く照らしていた。観光客でにぎわう昼間のあいだ、悠真は笑顔を切らさず案内を続けたが、頭の半分はいつも別のところにあった。胸ポケットの改札鋏は、このところ忘れものを見つけるというより、誰かの置き去りにした時間を探らせようとしているようだった。 その日の最終便が戻ったあと、悠真は篠崎と澪を連れて、資料館の閉架庫にこもった。古い運行日誌、寄贈された写真帳、廃線直前の自治会報。紙の乾いた匂いの中で、澪が一冊の薄い冊子を抜き出した。町の祭りと沿線行事をまとめた手書きの記録だった。頁の端に、子ども向け鈴配布中止、保管は終点駅へと走り書きがある。 終点駅、という言葉に、悠真の胸元でちきん、と鋏が鳴った。澪と篠崎が同時に顔を上げる。三人で顔を見合わせたあと、篠崎が静かに息を吐いた。 行ってみましょうか。まだ明るいうちに 使われなくなった終点跡は、夏草が膝まで伸び、ホームの縁石だけがかろうじて駅だった頃の形を残していた。観光コースから少し外れているせいで、人の気配は薄い。風が吹くたび、草の海の向こうで川の音がした。悠真が一歩進むごとに、改札鋏の音は短く、しかし前よりもはっきり重なった。 駅舎跡の脇に、半分土に埋もれた古い物置があった。扉は錆で固まり、澪が見つけた鉄片でこじ開けると、湿った木の匂いが流れ出す。中には割れた案内板や脚の折れた椅子、使われなくなった旗が積まれていた。その隅に、小さなブリキ缶が置かれている。悠真が近づいた瞬間、改札鋏が今まででいちばん澄んだ音を立てた。 缶の中にあったのは、鈴の束ではなかった。子ども向けの鈴が二つ、色あせた硬券切符が数枚、それから古い手袋に包まれた封筒だった。封筒の表には宛名がなく、ただ、渡しそびれたものとだけ記されている。篠崎が慎重に中身を確かめると、便箋は何枚かに分かれていた。達筆でもなく、飾り気もない文面だったが、読むうちに三人とも黙った。 そこには、路線の整理で町を離れることになった職員が、配れなかった記念の鈴や預かった切符を必ず返すつもりだったこと、誤って帳簿に穴を開けてしまい、その責任を誰か一人に負わせたくなくて言い出せなかったこと、落ち着いたら戻って説明するつもりだったことが書かれていた。だが最後の一枚だけ、文章は途中で切れていた。急ぎの異動、連絡不能、約束は持ち越しにするしかない。そんな走り書きで終わっている。 失踪というより、戻れなかっただけかもしれませんね、と篠崎が呟いた。 でも、待っていた人には、消えたのと同じだよ 澪の声は、責めるでもなく、ただまっすぐだった。悠真は封筒の中の手袋を見つめた。最初に見つけた片方の手袋と、毛糸の編み方がよく似ている気がする。誰かが誰かに返すはずだったもの。渡せなかったまま、長いあいだ町の底で眠っていたもの。 風が物置の扉を鳴らした。悠真は改札鋏を握りしめる。事件の正体を暴くというより、途切れた約束のありかを、この道具は知らせていたのだと、そのときようやく腑に落ちた。けれど、ここに残された紙をそのまま町へ突きつければ、長年の思い込みで誰かを責めてきた人たちの傷口まで一緒に開いてしまうだろう。 夕暮れの終点跡で、三人はしばらく言葉を失ったまま立っていた。遠くから、最終点検を終えたトロッコの警笛が、ひどく細く、懐かしいもののように響いてきた。
改札鋏に鳴る約束
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