エラベノベル堂

改札鋏に鳴る約束

全年齢

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4章 / 全10

封筒と缶の中身は、ひとまず資料館の保管庫へ移された。篠崎は手紙を一枚ずつ薄紙に挟み、澪は鈴の紐をほどいて数を数えた。悠真は手を貸しながらも、胸の奥が落ち着かなかった。真実らしいものに触れたはずなのに、まだ最後の一片が見つかっていない気がしたからだ。改札鋏も、役目を終えた道具のように静かになるどころか、資料館の中でときおり微かな音を立てた。 数日後、悠真は運行の合間を縫って、手紙に出てきた名前を古い帳簿で追った。町を離れた職員の名は佐和田といい、駅務と荷物整理を兼ねていたらしい。廃線前後の記録は歯が抜けたように欠けていたが、その一方で、彼を責めるような走り書きもなければ、不正を示す記述もなかった。あるのは、配布延期、保管先変更、連絡待ち、そういった曖昧な言葉ばかりだった。誰かが強く悪いのではなく、忙しさと遠慮と行き違いが、雪のように幾重にも積もってしまったのだと見えてくる。 その夕方、常連の客を見送ったあと、澪が改札口の脇で言った。 みんな、はっきりした犯人の話が好きだからね 悠真は苦笑した。わかりやすい形があるほうが、長く抱えたもやもやに名前をつけやすい。けれど今回見つかったのは、もっと扱いの難しいものだった。謝るつもりで謝れなかった人と、待ち続けたまま言葉を失った人たちの時間。そのどちらも、簡単には切り分けられない。 篠崎は展示準備室で写真を並べながら、慎重に言った。 全部を暴く必要はないと思います。でも、なかったことにもしたくない。町の人が自分の記憶を言い直せる形にできれば 言い直せる形。その言葉は、悠真の胸にまっすぐ残った。 翌週、改札鋏は久しぶりに強く鳴いた。場所は運行事務所の古い掲示板の裏だった。外してみると、色の抜けた連絡票が一枚挟まっていた。終点保管品、特別運行時に返却予定。署名は佐和田。日付は、彼が町を去ったと推定される前日だった。返すつもりは、本当にあったのだ。わずかな紙切れなのに、悠真はそれを見た瞬間、胸につかえていた冷たい塊が少しほどけるのを感じた。 町ではまもなく、夏の終わりの特別運行が予定されていた。観光客向けの催しとして始まったものだが、今年は資料館と連携して沿線の記憶をたどる展示も行うことになっている。悠真は車内案内の原稿を書き直しはじめた。景色の説明だけではなく、この路線が運んでいた約束や、受け渡されなかった小さな思いを、責める言葉ではなく届く言葉で伝えるために。 夜の事務所で下書きを読み返していると、机の上の改札鋏が月明かりを受けて淡く光った。ちきん、と音がする。急かすようでも、慰めるようでもない、不思議に澄んだ響きだった。悠真はそっと鋏を握り、窓の外の闇に沈んだ線路跡を見た。あの先には、まだ言葉になっていない思い出が眠っている。けれどもう、ただ過去に引かれるだけではない。自分の声で、それを次の誰かへ渡せるところまで来ている。そんな確かな手応えが、静かな夜気の中でゆっくりと形になっていった。

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