資料室の扉は、外の陽気を切り離したみたいにひんやりしていた。奥まで届く薄い光の中で、海斗は机に積まれた古い帳面を見下ろす。紙は乾いて脆く、指先が触れるたびに記憶ごとほどけそうだった。 「駅長、これを見せてもらってもいいんですか」 陽太は丸い眼鏡を指で押し上げ、苦笑した。 「勝手に開くよりは、よほど礼儀正しい。慎が渋い顔をしていたからな、何か起きているんだろう」 「起きてます。たぶん、かなり」 海斗は改札鋏をそっと帳面の上へ寄せた。すると、かち、と小さな音がした。失くしものに向ける時だけ鳴る、あの鈴みたいな響きだ。 「やっぱり……」 ページをめくると、古い巡回記録や宿泊名簿が、年ごとに整然と挟まれていた。海斗はその中の一枚に目を留める。失踪者たちの最後の目撃場所が、どれも同じ文字へ吸い寄せられている。 「廃屋の待合室……全部、ここです」 陽太の顔から、ふっと色が消えた。 「その場所は、今は使っていない」 「今は、じゃないんです。昔も、ってことですよね」 慎が背後で息を呑む気配がした。海斗が振り向くと、先輩は資料室の壁際で腕を下ろしきれずにいた。いつも平静な目が、帳面の同じ頁を見た途端に揺れている。 「慎さん?」 「……見つけちまったか」 その声は、怒鳴りでもなく、諦めでもなく、ひどく乾いていた。 陽太が低く言う。 「お前、あの頃もいたのか」 慎は返事をしなかった。代わりに、ページの端に落ちた自分の影を見つめたまま、絞り出すように言う。 「俺だけ、あそこにいた。だから……言えないことがある」 海斗は鋏を握りしめた。金属が手の中でかすかに熱を帯びた気がする。 「言えないことって、何ですか」 「今はまだ、言えない」 慎は顔を上げたが、その視線は海斗ではなく、記録の余白へ落ちていた。そこには誰かの筆跡で、同じ待合室の名が何度も書き添えられている。まるで、そこへ向かうべきではないと知りながら、なお記され続けたみたいに。 陽太は古い帳面を閉じ、静かに言った。 「海斗。今日見たものは、覚えておけ。ただし、焦るな」 「覚えておきます。でも、慎さんの言えないことは、いつか聞かせてもらいます」 慎は短く笑った。笑ったというより、息を漏らしただけに近かった。 「……強気だな、見習い」 「見習いだからです。知らないままじゃ、改札も切れない」 資料室の窓辺で、夏の光が一瞬だけ揺れた。海斗は帳面を見下ろし、同じ廃屋の待合室に集中した最後の目撃記録を、もう一度だけ目でなぞる。慎の沈黙は重く、けれどその奥に、まだ開かれていない扉の気配があった。
改札鋏に鳴る約束
全年齢小説ID: cmnepteze000001nwkk1ko1yc
