エラベノベル堂

改札鋏に鳴る約束

全年齢

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5章 / 全10

資料室を出たあとも、山の空気はまだ午後の熱を抱えたままだった。海斗は慎と並んで、駅裏から続く細い道を上っていく。木々の隙間から落ちる光が揺れて、足元の砂利だけが乾いた音を立てた。 「ここで、話してくれるんですよね」 海斗が切り出すと、慎は肩越しに一度だけ振り返った。 「急かすな。見晴らし台まで行けば、誰にも聞かれない」 「誰にも、ですか」 「この町じゃ、それが大事だ」 その言い方が妙に重くて、海斗は黙ったまま歩いた。やがて木々が途切れ、山並みを一望できる見晴らし台が現れる。風が強く、柵の向こうでは廃線跡が細い線になって町の方へ伸びていた。 慎は柵にもたれ、しばらく何も言わなかった。海斗も口を挟まず、改札鋏を握りしめる。鉄は冷たいのに、指先だけが落ち着かない。 「……あの失踪はな」 慎の声は風にさらわれそうなくらい低かった。 海斗は息を止める。 「本当に、誰かが消えたんじゃない。消されたんだ」 「消された」 「町の記録からだ。名簿も、案内も、巡回の紙も、少しずつ書き換えられていった。最初からいなかったことにされる。そういうやり方だ」 海斗は思わず慎を見た。 「そんなの、ありえますか」 「ありえた。少なくとも、俺はそれを見た」 慎は唇を結び、遠くの山肌に視線を落とした。 「自分で出ていったんじゃない。そう見せられたんだ。残ったやつらが、何もなかったみたいに振る舞うためにな」 海斗の胸の奥が、じわりと冷える。 「じゃあ、慎さんは……」 「俺は、知ってる側にいた。だから言えないことがある」 そのときだった。海斗の手の中の改札鋏が、突然、今までにない強さで鳴った。かち、という音のあとに、鈴を何個も落としたみたいな澄んだ響きが弾ける。 「っ、また!」 海斗は反射的に鋏を構え、足元を見下ろした。見晴らし台の板の脇、風に押し伏せられた草むらが、かすかに揺れている。 「そこだ」 慎が短く言う。 海斗がしゃがみ込み、草をかき分けると、土に半分埋もれた古い封筒が覗いた。色褪せた紙は端が柔らかく波打ち、長く隠されていたことを物語っている。 「封筒……」 「開けるな。まずは持ち上げろ」 慎の声は硬いのに、止めるというより確かめる響きだった。海斗は慎重に封筒を拾い上げる。中身は薄く、指先に紙の束の気配が伝わる。 「これ、誰のですか」 「今はまだ、わからない」 海斗は封筒を胸元でそっと支えた。風が吹くたび、紙の角が衣擦れのように鳴る。 「でも、これが手がかりなんですよね」 「そうだ」 慎は改札鋏を見やり、わずかに目を細めた。 「お前が見つけたんだ。そこは認める」 「珍しいですね、褒めた」 「うるさい」 そう返す声には、さっきまでの張り詰めた気配が少しだけ混じっていた。海斗は封筒を握り直し、見晴らし台の向こうに広がる町を見下ろす。あの静かな屋根のどこかに、まだ隠れた答えがある。改札鋏はもう鳴っていない。ただ、封筒の薄い重みだけが、次へ進めと背中を押してくるようだった。

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