エラベノベル堂

改札鋏に鳴る約束

全年齢

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5章 / 全10

特別運行の一週間前、町は祭りの準備と観光客の問い合わせで落ち着かない空気に包まれていた。悠真も朝から晩まで動き回っていたが、頭の底にはずっと、終点跡で見つかった手紙の文面が沈んでいた。真実はようやく輪郭を持ちはじめたのに、それをどう差し出せばいいのかがまだ定まらない。少しでも言い方を誤れば、長年誰かを責めることで均衡を保ってきた記憶が、今度は別の痛みになって町へ返ってしまう気がした。 その夜、資料館で展示物の確認をしていたときだった。白い布の上に並べた駅名標の欠片の前で、改札鋏がふいに鋭く鳴った。これまでのような探る音ではない。何かを急かすような、短く強い響きだった。悠真が顔を上げると、篠崎も澪も気づいたようにこちらを見ている。 まだあるんだね、と澪が小さく言った。 三人は閉館後の資料館を出て、夜の終点跡へ向かった。雲の切れ間から月がのぞき、草むらの露が白く光っている。物置の前まで来ても、改札鋏の音は止まらなかった。むしろ、前に来たときよりはっきりと、土の下を指すように鳴る。悠真が物置の床板を踏みしめると、一枚だけわずかに沈むところがあった。 板を外すと、浅い空洞があり、中から細長い木箱が現れた。鍵は錆びていたが、蓋はすぐに開いた。入っていたのは帳簿でも現金でもなく、布に包まれた駅長帽、観光ポスターの原画、それに新しい便箋で書かれた一通の手紙だった。封には、資料館へとある。 篠崎が震える指で便箋を開く。文面は、終点跡で見つかったものより後の時期に書かれていた。佐和田は町を離れたあと、体を壊して長く戻れなかったこと、ようやく連絡しようとした頃には路線そのものが失われ、誰に何を返せばよいのか言葉を失ったことを書いていた。そして最後に、町を恨まないでほしい、誰か一人のせいにしないでほしい、この路線が運んだものは失敗よりもずっと多くの笑顔だった、と結ばれていた。 その一文を読んだとき、悠真は胸の奥で何かが静かに定まるのを感じた。謎を解くことが目的ではなかったのだ。改札鋏が拾わせてきたのは、失くしものではなく、受け取り手をなくした言葉だった。 翌朝、悠真は展示と車内案内の原稿を大きく書き換えた。失踪の真相を暴く話ではなく、廃線の混乱の中で渡しそびれた品と、言えなかった思いが町に残っていたこと。その思いを、今の自分たちが受け取る番なのだという形に整えていく。責任を断定する言葉は削り、代わりに、待っていた人の時間も、戻れなかった人の悔いも、どちらもこの路線の一部だったと書いた。 書き終えた原稿の上で、改札鋏は一度だけ、透き通るように鳴った。まるで、切符に刻印を入れる最後の合図のようだった。悠真はその音を聞きながら、特別運行の日に何を語るべきか、ようやく迷わずにいられた。

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