エラベノベル堂

改札鋏に鳴る約束

全年齢

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7章 / 全10

海斗は埃を払う手を止め、古びた事務机の引き出しに目をやった。木の表面は擦り切れているのに、そこだけ妙に手入れされた跡がある。誰かが何度も開け閉めしたのだろう。慎が後ろで腕を組んだまま、低く言う。 「触るなら、丁寧にしろ」 「わかってます。でも、これ……」 海斗は改札鋏を机の上の書類束へ近づけた。かち、と小さく鳴る。今度は一枚ではない。重ねられた紙の端々が、まるで隠れていた息を漏らすみたいに微かに震えた。 「反応する」 「中身を見ろ」 引き出しの奥から出てきたのは、古い案内文の下書きや、書き換え前の路線説明、同じ停留所名を何度も塗りつぶした走り書きだった。別の紙には、観光客向けの説明が途中で差し替えられた跡まで残っている。消したい言葉と、残したい言葉が、幾重にも重なっていた。 「こんなに……」 海斗は息を呑んだ。 「地図だけじゃない。案内そのものが、何度も作り直されてる」 慎の顔が、わずかに強張る。 「見せかけの順路だ。人を運ぶために、表向きは別の話にしていた」 「別の話?」 海斗が問い返すと、慎は机の端に置かれた束を指した。そこには、失踪者とされた者たちの名前の横に、薄く別の印が添えられている。到着、移送、保護。そのどれとも読める曖昧な記号だった。 「単なる被害者じゃない、ってことですか」 海斗の声が少しだけ上ずる。 「町の外へ逃がされた……そんな可能性があるって」 慎は答えない。ただ、机の下から取り出した一枚の写真を海斗へ差し出した。古い貨物路線が写っている。積み荷の札のような印が、かすれてなお見える。 「これが、次の手がかりだ」 海斗は写真を受け取り、息を止めた。消えたと思っていた人たちは、消されたのではなく、もっと大きな事情の中に移されていたのかもしれない。町ぐるみで隠したのは失踪そのものではなく、記憶の向きだったのだ。 「俺、ずっと一人の失くし物を探してるつもりでした」 「そうだろうな」 「でも違った。これ、ひとつの事件じゃない」 机の引き出しは半開きのまま、薄い闇を吐いている。海斗は古い案内文の束を見下ろし、喉の奥が乾くのを感じた。自分が追っていたのは、誰かの落とし物じゃない。町そのものが隠してきた、大きすぎる物語だ。 慎が短く息を吐く。 「ようやく入口まで来た、ってことだ」 海斗は写真を握りしめ、改札鋏をもう一度見た。鋏は黙ったままだったが、その沈黙が、次の場所を指しているように思えた。

7章 / 全10

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