エラベノベル堂

改札鋏に鳴る約束

全年齢

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8章 / 全10

海斗は写真を持ったまま、慎と並んで旧待合室を出た。夕暮れの名残はもう薄く、駅の灯りだけが山の暗さに浮いている。手の中の一枚は思ったよりも軽いのに、胸の奥にはずっと重いままだった。 「これ、港へ続く貨物路線ですか」 海斗が尋ねると、慎は写真を覗き込み、短く頷いた。 「そうだ。積み荷の札の記号が写ってるだろう」 「この印が、手がかりなんですね」 「写真に残ってるってことは、誰かが確かに使っていた」 海斗は改札鋏をそっと写真の端へ近づけた。かち、と小さな音が返る。今までと同じ、失くした物にだけ応える響きだ。だが今回は、鋏が反応したのは写真そのものではなく、かすれた記号の部分だった。 「鳴った……この印に」 慎の目が細くなる。 「やはりな。あの荷車は、ただ放置されていたんじゃない」 「誰かが動かしてた、ってことですか」 「見つからないように、手配されていた痕跡がある。駅を通さずに、別の線へ流すためだ」 海斗は息をのんだ。納戸で見た持ち物の整え方が、急に別の意味を持ちはじめる。失踪者たちは消えたのではない。静かに移された。その途中で、記録だけが削られたのだ。 「じゃあ、あの待合室は……」 「荷をいったん隠す場所だったんだろう。人も、物も、表向きは見えないようにしていた」 「移送……」 海斗がつぶやくと、慎は何も言わなかった。だが、その沈黙は否定ではなく、認める重さを持っていた。 二人は貨物路線の分岐へ向かった。舗装の切れた地面には、長く引きずられたような筋が残り、草の倒れ方まで不自然に揃っている。海斗は懐中の光で地面を照らし、息を止めた。 「これ、車輪の跡……」 「古い荷車だな」 「でも、こんな場所に」 「誰にも見つからないように、ここを使ったんだ」 貨物線は港の方へ闇に溶け、錆びたレールが鈍く光っていた。積み荷を括っていたらしい縄の切れ端、木箱を滑らせたような浅い擦れ、そして踏みしめた足跡。どれも古いのに、まだ意図だけは生々しい。 海斗は写真と地面を交互に見比べる。 「これなら、失踪じゃない。連れて行かれたんでもない」 「違うか」 「移されたんだ……消されたんじゃなくて」 その瞬間、鋏がもう一度、小さく鳴った。今度は貨物路線の奥、港へ続く暗がりに向かって。 海斗は反射的に顔を上げる。 「まだ、先があるんですね」 慎は写真を受け取り、しばらく黙ってから言った。 「ある。だが今夜はここまでだ」 「えっ」 「十分見た。次に行くなら、順番がある」 海斗は口を閉じた。悔しいのに、納得もしてしまう。見えずに削がれていた町の記憶が、やっと輪郭を持ちはじめたばかりなのだ。 慎が分岐点の先を見据えたまま、低く言う。 「お前が追っていた物語は、もう失踪じゃない。誰が、何を、どこへ動かしたかだ」 海斗は錆びた線路の向こうを見た。闇の先には港の気配だけがぼんやり残り、答えはまだ届かない。 それでも、改札鋏は確かに鳴った。

8章 / 全10

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