エラベノベル堂

水都脈動譜

全年齢

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7章 / 全10

悠斗の指先は、音符帳の余白をなぞったまま止まっていた。広場に満ちたざわめきは、監査官の硬い視線と警報の余韻で、今にも弾けそうな薄氷みたいだった。 「……待て。これ、記号じゃない」 千尋が身を寄せる。悠斗は声を落とした。 「線が、重なってる。記譜の癖に見せかけて、違う流れを指してる」 「違う流れ?」 「放水塔の周期を写した時、最後の一拍だけ、いつも少しだけずれてた。そこを結ぶと……」 彼は鉛筆で空中に形を描く。ページの端に浮かび上がるのは、細い配管の枝分かれにも似た輪郭だった。 千尋の目が見開かれる。 「配水の、切り替え位置……?」 「たぶん。隠し弁の並びだ」 監査官が一歩近づいた。 「何を見つけた」 悠斗は即座にページを閉じかけて、ためらった。ここで黙れば、証拠はただの紙切れになる。だが、言えば引き抜かれるかもしれない。それでも、広場で聞いてしまった住民たちの顔が脳裏をよぎる。 「都市のうなりです。あれは、ただの異常じゃない」 「虚言を広める気か」 「虚言なら、こんなに綺麗に揃いません」 言い返した瞬間、監査官の眉がわずかに動いた。悠斗はその隙を逃さず、即席の記譜板にページの線を写し取る。放水塔の異常周期と、余白に潜んでいた符号を重ねると、枝分かれした印が一つの配置に収束した。 「ここが起点だ。上層区は、流れを止める場所を分けてる」 「……下層区へ水を寄せるための?」 監査官の声から、先ほどまでの断定がほんの少し揺れた。悠斗はその揺らぎを見逃さなかった。 「そう疑うだけの材料は、もうあります」 千尋が息を呑み、次いで小さく笑った。 「やっと、口が動いたわね」 「今それ言う?」 「言うわよ。こんな時にまで、少しは安心したい」 監査官は記譜板を見下ろし、次に広場の住民たちを見た。誰もが不安そうに立ち尽くしている。そこへまた、遠くの管路から不安定な低音が伝ってきた。切られた流れのせいで、都市の奥がむき出しになっている。 「……これは、上層区の管理記録と照合する必要がある」 監査官の口調が、わずかに変わった。 悠斗は息をついた。勝ったわけではない。ただ、扉の鍵が一つ外れたような手応えがあった。 「お願いします。これ以上、隠さないでください」 監査官は答えなかった。だが押収しようとして伸びていた手は、もう記録帳には触れない。 広場の警報はまだ鳴り止まない。けれど、悠斗はその音の奥に、確かに別の呼吸を聞いていた。都市のうなりは、まだ何かを隠している。

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