警報は止まらないまま、広場のざわめきだけが少しずつ形を失っていった。悠斗は監査官の視線を受けながら、音符帳の開いたページに落ちる影を見つめる。そこに滲んだ細い符号は、見間違いではなかった。 「……千尋、さっきのずれ、もう一回」 「今さら? でも、急いで」 彼女は板を押し直し、配管の残材を指先で弾いた。低く震える音が、切られた流れの隙間を縫って返ってくる。悠斗はそれを聞きながら、余白の線を一つずつ追った。 音が重なるたび、別の輪郭が浮かぶ。最初は単なる記号の寄せ集めに見えたものが、次第に配管の分岐のような形へ変わっていく。曲線の先、折れ目の位置、短く打たれた印。その一つひとつが、配置を示している。 「これ……弁の位置か」 「位置?」 「隠してある排水弁だ。最後の小節に、別の符号が埋め込まれてる」 悠斗の声が、いつもより少しだけ震えた。音符帳の裏側に、都市の別の顔が隠れていたのだ。旋律に紛れた印は、まるで誰かが見つけるのを待っていたみたいに、こちらへ向けて静かに並んでいる。 監査官が眉をひそめた。 「本当に、場所を示しているのか」 「たぶん、いえ、示しています。ここ、ここ、そして……この線の先」 悠斗は記譜板に指を滑らせた。印を結ぶと、下層区の地下を逃がすための道筋が見えてくる。広場の空気がひやりと冷えた。 「じゃあ、上層区が配管網を止めたのは」 千尋が言いかけて、唇を結ぶ。 「洪水を通す場所を選ぶため?」 「そう考えると、警報の意味も変わる」 悠斗は音符帳を抱え直した。都市のうなりは、ただの異常じゃない。隠された排水の順番まで、記録していたのだ。 遠くでまた低い警報が鳴った。今度は前より重く、腹の底を叩くような音だ。住民たちが顔を見合わせ、誰かが息をのむ。監査官も、さすがに表情を固くした。 「……続きがあるな」 その一言で、悠斗は顔を上げた。楽譜の最後の小節は、まだ全部読めていない。だが確かに、次へつながる線は見えた。 「ええ。まだ、全部は終わってない」 悠斗は答え、千尋と視線を交わす。二人とも同じことを考えていた。ここから先に、都市を守るための何かがある。
水都脈動譜
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