「……今の、切れたな」 蓮が受話器を置く音だけが、無線室に小さく響いた。翔はすぐには返事をせず、さっき受けた信号の記録用紙を見下ろした。呼び出しの形式は救急のものに似ていた。けれど、肝心の最後が、まるで息を飲んだみたいに途切れている。 「途中で、誰かが止めたんですか」 「そう聞こえる。いや、聞こえた、って言った方が近いか」 蓮は眉を寄せたまま、無線機のつまみを指先で回した。波の向きを探るみたいな仕草だった。 「島の外に向けて飛ばした声なら、こんな切れ方はしない。雑音で潰れるか、弱って消えるかのどっちかだ。けど今のは、出た瞬間に口をふさがれたみたいだった」 翔は点検棚から送信機の記録簿を取り出し、端から順に追った。接触、電圧、熱、アンテナ角度。今夜の記録に目立つ異常はない。何度見返しても、機械は正常の顔をしていた。 「設備には、問題ありません」 「断言できるか」 「少なくとも、今の信号を止めるほどの故障はないです」 翔は記録簿を閉じた。妙に乾いた音がした。 蓮は短くうなずき、それから窓の外へ視線をやった。島の闇は深いが、海の方角だけがわずかに白く濁って見える。 「じゃあ、残るのは発信する側だ」 「助けを求めた、ってことですか」 「たぶん、な」 蓮の声はいつもより低かった。 「でも、そこで終わった。誰かに見つかるのを怖がったのか、急に手が離せなくなったのか。理由まではまだ分からない」 翔は無線室の壁に掛かった島内図へ目を向けた。ランプの明かりの下で、地形の線がやけに細く浮かび上がる。 「方角、少し揺れてませんか」 「分かるか」 「ええ。一定じゃない。こちらの受信状態だけじゃなくて、発信源そのものが、少し移ってる感じがします」 蓮は目を細めた。 「海風で流されてるだけならいいが……」 「いい、ってことはないですよね」 「ないな」 二人の間に、短い沈黙が落ちた。無線機の低い唸りだけが、島の鼓動みたいに続いている。 翔は記録簿の該当欄を指でなぞった。 「もし、誰かが本当に困ってるなら、送信をやめた理由が必要です。機械じゃなくて、事情の方に」 「……そうだな」 蓮は受話器を戻し、軽く息を吐いた。 「今夜は、単なる誤送信じゃない。誰かが助けを呼んで、呼んだ直後に声を飲み込んだ。そう考えた方が筋が通る」 翔はうなずいた。胸の奥で、さっきまでの緊張とは違うざらつきが広がる。見えない相手の存在だけが、無線室に残っている気がした。 「なら、探すしかないですね」 「ああ。島全域でな」 蓮の言葉に、翔は記録簿をきつく持ち直した。どこかで誰かが、まだ言い切れない声を抱えている。その輪郭が、今は不確かでも、確かにこの夜の中にある。 「行きますか」 「急がなくていい。だが、黙ったままにはしない」 蓮が無線卓のスイッチを落とすと、室内の明かりが少しだけ静かになった。翔はその暗さの中で、島の方角をもう一度見た。途絶えた信号の続きを、まだ知らないまま。
嵐夜を継ぐ無線士
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