「このへんで、また切れそうですね」 翔が岸壁の端で足を止めると、潮の匂いが濃くなった。漁港の防潮灯は古びた金具をきしませながら、海面をぼんやり照らしている。蓮はその下で受信機を耳に当て、少しだけ目を閉じた。 「いや、切れるんじゃない。跳ね返ってるんだ」 「跳ね返る?」 「潮の向きと、岸壁の反射。昔、夜の漁で似た光を何度も見た。海が暗いと、音も光も一直線じゃない。ここは電波も同じだ」 翔は防潮灯の柱を見上げた。塗装は剥がれ、足元のボルトには錆が浮いている。機械が動いているようで、動いていない。そんな不安定さが、島そのものに染みている気がした。 「でも、これで発信源がずれるってことですか」 「ずれる。だから、聞こえた場所をそのまま信じると外す」 港の方から、網を片づけていた漁師のひとりが声をかけてきた。 「おい、まだ探してるのか。こんな時間に」 「ええ。さっきの信号が気になって」 漁師は海を見ながら、少しだけ肩をすくめた。 「最近は、ひとり暮らしの年寄りが増えたからな。うちの近所もそうだ。顔を合わせる回数が減ると、何かあっても気づくのが遅れる」 翔はその言葉に、胸の奥が重くなるのを感じた。助けが必要なのに、頼る相手を選んでしまう島の空気。その薄い膜が、今夜の信号を飲み込んでいるのかもしれない。 「……単なる故障じゃないんですね」 「故障だけなら、まだ単純だ」 蓮が低く笑った。 「島はいつも、単純に見せてくれない」 二人は岸壁沿いをさらに進み、古い倉庫の脇を回り込んだ。そこで翔は、壁際の金属箱に目を留めた。蓋は半分浮き、内部の電源盤が露出している。配線の被膜は硬くなり、海風にさらされた線が白く傷んでいた。 「これ、電源盤ですか」 「ああ。港の古い設備だ」 翔はしゃがみ込み、懐中電灯で照らした。接点が緩み、潮で薄く腐食している。単純な接触不良では片づけられない荒れ方だった。 「……こんなになるまで、誰も直してなかったんですか」 蓮は答えず、ただ短く息を吐いた。その沈黙が、答えより雄弁だった。 翔は手袋越しに盤の表面をなぞった。ここが乱れていれば、信号は飛ぶ。飛んで、曲がって、誰かの叫びが別の影に紛れる。 「港って、船だけじゃなくて、島の声も受け止めてるんですね」 「そうだ。だから壊れると、見えないところから困る」 翔は立ち上がり、暗い海を見た。波は静かに見えるのに、足元では金属がじわじわと疲弊している。島の脆さは、派手な音を立てずに進む。 「蓮さん」 「なんだ」 「これ、早く気づけてよかったですね」 蓮は一瞬だけ目を細め、それから岸壁の先へ視線を投げた。 「いや、まだだ。気づいたのは、壊れ方の一部だけだ」 翔はうなずいた。信号の正体は、もう単なる誤送信ではない。誰かの事情と、港の古い骨組みが重なって起きた、島の夜の歪みだ。 防潮灯が風に揺れ、光が細く伸びる。翔はその揺れを見ながら、次に確かめるべき場所を考えた。
嵐夜を継ぐ無線士
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