消防団と港の若い衆が作業道へ入ったという報せが届いたのは、午前三時を回るころだった。無線は相変わらず荒れていたが、人の声が混じるだけで部屋の空気はわずかに変わる。遼は格納庫と無線室を行き来しながら、風速計の数字と空の色のない暗さを何度も見比べた。機体は飛ぶ準備を終えている。だが、扉を開けた先の風は、こちらの都合など知らぬ顔で機首を押し返してきた。 医師と運航担当は短い言葉で状況を確かめ合い、まだ待つという判断を重ねた。遼はうなずきながらも、胸の奥に鈍い焦りが沈んでいくのを感じた。飛ばせるように整えることと、飛ばないと決めることのあいだには、思っていた以上に深い溝がある。その前で立ち尽くさないために、彼は工具の位置を直し、予備バッテリーの端子を拭き、意味があるのか分からないほど細かな確認を続けた。 無線室では海老原が受信記録をさらに洗い直していた。救難信号が途切れる直前、極めて短く混じった生活無線の癖があるという。港の連絡用でも漁協のものでもない、古い個人機の音だと海老原は言った。島では独り暮らしの老人が、畑や浜の見回りに昔の無線機を使い続けることがある。遼はその話を聞き、これが単なる嵐の遭難ではなく、誰にも見つからない場所へ人が押しやられてきた時間の積み重ねなのかもしれないと思った。 「見張り台の避難小屋だけじゃない」 海老原は海図の端を指で押さえた。 「その下に古い荷揚げ場がある。今は使ってないが、潮が引けば岩棚が出る。足を滑らせれば声は海へ逃げる」 その言い方に、遼は一瞬ためらってから尋ねた。 「知ってるんですね。そこ」 海老原は目を上げず、短く答えた。 「昔、仲間が落ちた」 それ以上は続かなかったが、その沈黙だけで十分だった。海老原が今夜、海図の一点を見つめる目に、現在だけではない重さが宿っている理由が遼にも分かった。 やがて現場班から連絡が入る。倒木を越え、見張り台までは着いた。だが小屋は空で、扉だけが風に打たれているという。代わりに、下の岩場で懐中電灯の反射らしいものを見た者がいた。波で近づけたり離れたりする、かすかな光だった。 海老原は即座に返した。 「上から呼ぶな。波音で消える。二手に分かれて、荷揚げ場へ回れ。灯りは低く振れ」 受話器の向こうで返事が重なり、雑音に紛れて消えた。遼はそのやり取りを聞きながら、海老原の指先が受信記録の時刻をなぞるのを見ていた。嵐の夜に失われたはずの断片が、人の足と記憶で少しずつ形を取り戻していく。 その瞬間、無線にまた短い音が走った。以前よりさらに弱い、息を絞るような一声。海老原は素早く記録し、時計を見た。 「まだ生きてる」 遼の背筋が熱くなる。飛べない夜でも、終わっていない。診療所の廊下では看護師が担架を広げ、港では追加の人手が動き始めていた。島じゅうの小さな灯りが、見えない岩場の一点へ伸びていく。嵐はなお荒れていたが、その夜の闇はもう、ただの闇ではなかった。
嵐夜を継ぐ無線士
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