エラベノベル堂

嵐夜を継ぐ無線士

全年齢

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5章 / 全10

風が、山道の入口でいっそう強く唸った。灯台へ続く細い上り口は、濡れた黒い土を抱えたまま、夜の闇に吸い込まれている。翔は立ち止まり、肩に当たる雨粒を払いながら、運航所へ戻るべきか一瞬迷った。 「ここで止めるか?」 蓮の声は低かったが、焦りはない。無線機を抱えたまま、耳元のノイズを確かめるように受信帯域を細かく回している。 「いえ。機体の再確認、今ならできます」 「強がりじゃないなら助かる」 翔はうなずき、頭の中で整備手順を組み直した。嵐の前に確かめるべき箇所は、もう身体が覚えている。工具の締まり、接続部の遊び、格納時の固定。地味で、けれど一つでも抜ければ空に出せない。 「蓮さん、そっちはどうです」 「雑音が増えてる。だが、完全に埋もれてはいない」 蓮は帯域のつまみを指先で止め、短く息を吐いた。 「ほら、今だ」 受信機から、かすれるような微弱音が返った。言葉とも音ともつかない断片だったが、蓮の表情が変わる。 「灯台の下だ」 「え?」 「古い避難路の方向と一致する。ここから少し下に、昔の道がある」 翔は山道の脇へ目をやった。風雨に削られた斜面の向こう、確かに人が通れそうな細い切れ目が見える。 「そんなところまで拾えるんですか」 「拾えるんじゃない。合わせてるんだ。お前が整備の勘で機体の癖を読むみたいに、俺は電波の癖を見る」 翔は思わず笑いかけ、それをすぐ真顔に戻した。 「つまり、信号源はそこへつながる」 「たぶんな。断続してた微弱発信は、まっすぐじゃない。けど、逃げ道の形には合う」 雨脚がさらに強まる。翔はフードを深くかぶり、胸の奥で高鳴るものを押さえた。救難信号は、ただ遠くの誰かの声ではなかった。古い避難路へ向かうように、島の地形に沿って滲んでいたのだ。 「行けますか」 翔が問うと、蓮は一度だけ受信機を握り直した。 「行ける。だが、急ぐのはお前だけじゃない」 「どういう意味です」 「お前が機械を見る。俺が電波を見る。その二つが揃って、初めて道になる」 翔は短く息を吸った。強風に煽られた木々が、山肌でざわめく。その音の奥に、さっきの微かな発信がまだ残っている気がした。 「じゃあ、最後の手がかり、掴みますか」 蓮は小さく笑った。 「ああ。ここから先は、勘だけじゃ足りない」 翔は頷き、濡れた足元を踏みしめた。二人の視線は、同じ暗がりの先を向いている。灯台下の古い避難路。そこに続く一本の線が、今まさに見えたところだった。

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