エラベノベル堂

嵐夜を継ぐ無線士

全年齢

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6章 / 全10

「待て」 格納庫の扉が、突風に煽られて鈍く震えた。天井の吊り下げ灯が揺れ、ヘリの影が床を大きくゆらめかせる。翔は点検台に置いていた工具を咄嗟に押さえたが、隣で所長が鋭い声を上げた。 「出動判断は保留だ。今は飛ばせん」 「でも、あの微弱発信は」 翔が食い下がると、所長は厳しい目を向けた。 「機体に無理をさせてまで追う価値があるのか。まずは整備だ」 その言葉に、翔の胸が強く跳ねた。ちょうどその時、無線卓のあたりで短い雑音が走る。蓮が受話器を押さえたまま、眉をひそめた。 「違う、これは機材故障じゃない」 所長の視線がこちらへ向く。 「翔、お前が点検した部品だ。異常があるなら説明しろ」 「えっ」 翔は一瞬、言葉を失った。確かに触れた部材はあった。だが、それは壊れていたのではなく、嵐の湿った空気で通信が乱れたせいで生じた誤差にすぎない。記録簿を開こうとした瞬間、蓮が一歩前へ出た。 「待ってください。翔は問題のない場所まで確認してます。今の雑音は、塩害で電波が荒れてるだけです」 「塩害だと?」 「ええ。島中の電波が、嵐で一斉に乱れてるんです。受信も送信も、普段より輪郭がぼやける。だから機材のせいに見えやすい」 蓮の声は静かだったが、格納庫の空気を押し返すだけの強さがあった。翔はその横顔を見て、息を飲む。自分より先に、蓮が自分を守っている。 「翔の点検は間違っていません。むしろ、乱れた信号を見つけたのはその確認があったからです」 所長はしばらく黙っていた。突風が格納庫の隙間を鳴らし、金属の梁が低くうなる。やがて、深い息とともに肩を落とした。 「……そうか。なら現場外しは取り消しだ。だが、無理はするな」 翔は、喉の奥で固まっていたものが少しだけほどけるのを感じた。 「はい」 短く返した声は、自分でも驚くほどかすれていた。 蓮が受話器を戻し、ほんのわずかに笑う。 「ほらな。島の電波は、こういう日にまともじゃない」 翔はこぶしを握ったまま、格納庫の外で荒れる闇を見た。機械を守ることと、人を疑わずに済ませることは、同じくらい難しい。けれど今は、まだ折れていられない。 「行きましょう」 翔が言うと、蓮は小さくうなずいた。扉の向こうで風が唸り、次の瞬間には、また別の微かな呼び声が混じった気がした。

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