エラベノベル堂

嵐夜を継ぐ無線士

全年齢

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7章 / 全10

老漁師を担架に乗せて見張り台まで引き上げたころ、東の空はようやく墨を薄めたような色になっていた。雨は細くなったが、風はまだ島の尾根を鳴らしている。遼はぬれた前髪を払い、担架の脇に膝をついた。医師の指示を無線で受けながら脈を確かめる消防団員の手が、かすかに震えている。助かったという安堵より先に、あと少し遅れていたらという思いが皆の胸に残っていた。 海老原は転がった古い無線機を拾い、泥をぬぐった。背面にはかすれた名前が書いてある。島では顔を知っていても、暮らしの中身までは見えていないことがある。港に姿を見せなくなっても、年のせいだろうと誰もが思う。診療所へ来なくなっても、天気が悪いからだと流れていく。その積み重ねの先で、助けを呼ぶ声だけが嵐の夜に表へ出たのだと、遼はようやく実感した。 下山の支度をしていると、港から来ていた若い男が言った。 「この人だけじゃない。奥の浜にも最近一人でいる婆さんがいる。道が崩れてから、誰も顔出せてない」 別の団員も続けた。 「無線も古いままの家が何軒かあるぞ。停電したら終わりだ」 言葉はどれも今さらの確認のようで、だからこそ重かった。島の弱さは突然できたものではない。見えていたのに、忙しさや慣れの下へ沈められていた。遼はヘリの整備記録を思い出す。小さな異音やわずかな摩耗ほど、先送りにすると大きな故障になる。人の暮らしも同じなのかもしれなかった。 担架を囲んで歩き出す前、海老原がふいに振り返り、崩れた岩場を見下ろした。その眼差しの先には今の老漁師だけでなく、昔ここで失った仲間の影もあるのだろう。遼は黙って隣に立つ。しばらくして海老原は、風に消えそうな声で言った。 「前は、間に合う道を知っていたのに迷った」 遼は返事の代わりに、ロープ束を持ち直した。 「今日は迷ってません」 海老原は一度だけ目を細め、それから短くうなずいた。そのうなずきで十分だった。 診療所へ戻れば、飛ばなかったヘリの判断が改めて問われるだろう。けれど遼の中では、答えはもう少し違う形になっていた。安全を守ることは、誰かを見捨てることではない。空が閉ざされたなら、地上で届く道を探し続ける。そのために整備士である自分にも、機体の外で担える役目がある。 見張り台の向こうで朝の色が少しずつ広がる。担架が持ち上がり、島の男たちの足並みがそろう。古い無線機は海老原の手の中で沈黙したままだったが、その沈黙はもう途切れではなく、次につなげるための宿題のように遼には思えた。嵐の夜が暴き出したものから、もう目はそらせない。二人はそれぞれ別の重さを背負いながら、同じ坂道を上り始めた。

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