エラベノベル堂

嵐夜を継ぐ無線士

全年齢

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9章 / 全10

「……まだ拾える」 蓮の声は、風に押しつぶされそうなくらい細かった。灯台下の避難小屋は、壁の隙間から湿った空気が入り込み、嵐の唸りをそのまま腹の底へ落としてくる。翔は膝をついたまま、汗と海水で滑る手を何度も拭い、むき出しになった配線を指先で押さえた。 「こっちはつないだ。そっちは?」 「最後の微弱信号、まだいる。……今だ、動くな」 蓮は受信機を胸に寄せ、耳を澄ませる。雑音の海の底で、かすかな脈が一つだけ跳ねた。 「発信者の居場所、絞れる」 「本当に?」 「灯台の下だ。避難小屋のすぐ向こう、海側じゃない。人が身を寄せる場所の方へ寄ってる」 翔は息をのんだ。外では波が崩れ、屋根がびりびりと震えている。島外への連絡は、もうほとんど死んだように静かだ。それでも蓮の手は迷わない。 「もう少しだ。回路、持たせてくれ」 「任せろ」 翔は工具を握り直し、切れかけた線を手動でつなぎ直した。金属の端子がかちりと噛み合うたび、指先に小さな衝撃が返る。派手な修理じゃない。けれど、今はそれしかない。 その時、入口の板戸が軋んだ。中にいた影が身を縮める。発信者だった。肩をすぼめたまま、こちらを見ようともしない。 「ここまで来たんですか」 翔が声をかけると、相手は唇を噛み、やっと絞り出すように言った。 「家族に、これ以上迷惑をかけたくなかったんだ」 言葉は震えていた。蓮は受信機を下ろさず、静かにうなずく。 「だから、一人で抱えたのか」 「島の人たちは、みんな優しい。だからこそ……言い出せなかった。助けてくれって言えば、誰かの手を止める気がして」 翔は配線から目を離し、相手の濡れた肩を見る。避難小屋の狭さの中で、その孤独だけが妙に大きく見えた。 「でも、誰も止められてませんよ」 自分でも驚くほど、声がまっすぐ出た。 「むしろ、みんなで気づかないふりをしてただけかもしれない。遠慮する人を、遠慮させたままにしてた」 相手の目がわずかに揺れる。蓮がそこで、低く言った。 「島全体が、そういうふうに支えてきたんだろうな。見える負担だけは受け取って、見えない重さは置き去りにする。悪意じゃない。だけど、だからこそ深く沈む」 翔はつないだ回路を確かめ、微弱な表示が消えないのを見た。 「この信号、やっと形になりました」 蓮は小さく息を吐く。 「うん。だが、まだ終わりじゃない」 避難小屋の外で、風が一段強く鳴った。翔は立ち上がり、濡れた袖を引き上げる。最後の信号は確かにここへ届いた。だが、その向こうにある負担は、まだこの島の中で静かに息をしている。

9章 / 全10

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