夕方の風は、港の金網越しに少しだけ冷たかった。涼太は簡易試験圃場の脇に立ち、目の前の新型植物を見下ろした。背丈はそろい、葉も厚い。ぱっと見では頼もしさしかない。だが、札に書かれた試験成績を追ううちに、その頼もしさが別の顔を見せた。 「短期では、確かに収量が上がるんですね」 同行していた七海が、説明板を指でなぞる。 「でも、この条件だと在来品種の育成を邪魔する」 涼太は頷いた。伸びるのは早い。けれど、周囲の株に光や養分が回りにくくなるよう、静かに場所を奪っていく。勝ち方が派手ではないぶん、気づいたときには畑の空気が変わっている類のものだった。 圃場の向こうでは、農家向けの説明会が始まっていた。椅子はほぼ埋まり、皆の視線は前へ前へと向いている。食料不足への不安が、会場の温度そのものを上げていた。 「本当に増えるなら、試してみるしかないだろう」 「今は選べる余裕なんてない」 そんな声が、ぽつりぽつりと飛ぶ。涼太は一歩前に出て、資料を掲げた。 「増えるのは最初だけです。育成の土台を弱らせる可能性があります」 会場の空気が、ぴたりと止まった。 「現場を知らない人に言われてもな」 年配の農家が、低い声で吐き捨てる。別の誰かが、苦い笑いをこぼした。 「綺麗な理屈より、今年の飯のほうが大事だ」 涼太は言い返しかけて、喉の奥で止めた。正論はある。だが、空腹に向けて突きつければ、刃物みたいに跳ね返る。説明のはずが、追い詰める形になる。そうなれば、警戒されるのは危険な特性ではなく、自分の声のほうだ。 七海が小さく肩を寄せた。 「涼太、みんな不安なんだよ」 「わかってる」 本当にわかっていた。だからこそ、危険なのは植物そのものだけではないと、胸の底で思い知らされる。焦りがあるところへ、都合のいい言葉を載せる売り方。生活を守るふりをして、判断を鈍らせる並べ方。葉の厚みより、そちらのほうがよほど人を弱らせる。 涼太は圃場の株に目を戻した。夕日に照らされた新芽は、確かに美しかった。けれど美しさが、安心の証明にはならない。 「危ないのは、これだけじゃないな」 七海が横で息をのむ。 涼太は説明会のざわめきを聞きながら、静かに続けた。 「売り方だ。焦っている人ほど、まっすぐには見えなくなる」 誰かがまた何かを言い返そうと口を開く気配がした。涼太はその前で、もう一度資料を持ち直した。
検疫線上の飢作圧
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