エラベノベル堂

検疫線上の飢作圧

全年齢

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5章 / 全10

深夜の記録室は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。蛍光灯の白い光が机を平らに照らし、棚に並ぶファイルの背表紙だけが、やけにきっちりと整って見える。涼太は端末画面を見つめたまま、何度目かの検索を打ち直した。 「やっぱり、出てこない」 七海が背後から覗き込み、肩を落とす。表示された一覧は妙に少ない。存在するはずの検疫データが、ある時期だけ引っかかりにくくなっていた。消えたわけではない。だが、探そうとすると指先をすり抜けるみたいに、別の結果へ流れていく。 「隠すなら削除じゃない。見つけにくくする」 涼太はそう呟き、検索条件を変えた。登録日、申請者、入港便、どれを軸にしても、空白だけが不自然に広がる。そこへ七海が別の帳票を開き、目を細めた。 「見て。改修履歴に残ってる会社名、これだよね」 涼太は画面に身を寄せた。港のシステム更新を請け負った情報企業の名が、淡々とした文字列の中から浮かび上がる。先に追っていた輸入業者の案件名と、同じ経路の支払い先が重なる欄があった。書類は別々なのに、金の流れだけは一本でつながっている。 「外来種の取引と、システム更新が同じ財布から出てる」 「うん。しかも、検疫データの並び替えに触れられる立場だ」 七海の声が少し震えた。涼太は端末の光を見つめる。港の中で起きていたことが、偶然の積み重ねではなく、最初から噛み合うように組まれていた気配が濃くなる。苗木を通す手続き、その手続きを見えにくくする画面、画面の裏で回る資金。どれも別の顔をして、同じ輪の中を回っていた。 「これなら、説明が全部変わる」 涼太は声を低くした。 「単に持ち込まれたんじゃない。通るようにして、見えないようにもしてた」 七海はしばらく黙ってから、ファイルを閉じた。 「内部告発、準備しよう」 「うん」 返事は短かった。だが、その短さの中に迷いはなかった。二人は必要な画面を印刷し、日付の入った記録を抜き出し、互いに確認しながら並べていく。ひとつひとつは小さな証拠でも、重ねれば流れになる。流れになれば、言い逃れは難しくなる。 そのとき、記録室のドアの外で、かすかな足音が止まった。 涼太と七海は同時に手を止める。息をひそめるほど、静けさが際立った。しばらくして足音は遠ざかったが、背中に残る圧だけは消えない。 「今の、誰かいたよね」 「たぶん」 七海が印刷物を素早くまとめ、涼太は画面を別の表示に切り替えた。何気ない作業に見せながら、二人の視線は自然とドアへ向く。察知されたのかもしれない。まだ何も出していないのに、もう空気だけが先回りしてきている。 涼太は机の端に置かれた書類の束を押さえた。 「急ごう」 七海はうなずく。記録室の白い光は変わらない。それでも、さっきまでより少しだけ冷たく感じた。

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