朝の薄い光が廊下の窓から差し込み、監査室の前だけが妙に白く見えた。涼太は書類の入った封筒を握りしめたまま、扉の前で足を止める。中から人の気配が消えた瞬間、名札を付けた監査担当者が出てきて、紙束を一枚だけ差し出した。 「涼太さん、今日から業務停止です。検疫関連の判断は保留。説明は後でします」 「停止、ですか」 声が少しだけ乾いた。背後から七海も呼び止められる。 「七海さんには別部署への異動案が出ています。手続き上は、こちらのほうが穏当でしょう」 穏当、という言葉がやけに整っていた。涼太は封筒の中身を指で確かめる。昨夜、停止命令より少し前に複写しておいた内部資料。その一部に、データの並び順が手書きでなく、システム側で書き換えられた痕跡が残っていた。 「異動で済ませるつもりですか」 七海が静かに言うと、担当者は目を逸らした。 「あなた方のためでもあります。これ以上、現場で判断を重ねるのは危険だ」 「危険なのは、判断じゃないでしょう」 涼太は封筒から一枚抜き出した。検疫データの優先順位が、本来より後ろへ送られている。しかも、特定のロットだけが自然に先へ回るよう、見えない調整が入っていた。 「この順番、誰が変えたんですか」 答えは返らない。廊下の空気だけが、ひとつ重くなった。 涼太はさらに資料をめくる。案件ごとの記録の並びが、ある区画だけ妙に滑らかだ。検査を急ぐものは先に、止めるべきものは後ろに。偶然ではない。誰かが流れそのものを撫でるみたいに、優先順位を動かしている。 「これじゃ、見逃しが起きるように組んである」 七海の声は小さいのに、はっきり届いた。 「異動の話も、口止めの一種か」 涼太が言うと、担当者の眉がわずかに動く。だが、彼はそれ以上何も言わず、扉の横へ体を寄せた。 「今日は引き下がってください。正式な文書は後日回します」 「後日、ね」 涼太は資料を胸元で押さえた。遅らせることで薄めるつもりなのだと、もう隠しようもない。七海がそっと息を吐く。 「でも、これでつながった」 「うん」 涼太は停止命令の紙の端と、複写した資料の数字を見比べた。検疫データの優先順位が恣意的に書き換えられている。証拠は、たしかにここにある。扉の向こうで誰かが動く気配がして、七海が封筒をそっと押し返した。 「次、どうする?」 涼太は監査室の札を見上げたまま、短く答えた。 「まだ、終わらせない」
検疫線上の飢作圧
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