エラベノベル堂

検疫線上の飢作圧

全年齢

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9章 / 全10

説明会のざわめきがまだ耳の奥に残っていた。港外の一時保管ヤードは、夜の湿った風に包まれて、昼間よりいっそう広く見える。照明の輪の中で、行き先を失った苗木の箱がいくつも積まれ、札だけが妙に整っていた。 「取引停止、決まりました」 七海が手元の端末を見ながら言う。涼太は頷いたが、胸の中の違和感は消えない。止めるだけなら簡単だ。だが、このまま焼却に回せば、証拠も一緒に灰になる。 「急がせてるな」 作業員たちの向こうで、企業側の担当者が短く指示を飛ばしているのが見えた。声は低いが、焼却処分へ押し切ろうとする焦りだけははっきり伝わる。 「焼いたら、何も残らない」 涼太は箱の封印を見つめた。再包装の痕が、照明の白さでやけに目立つ。 「それじゃ隠した側が得をするだけだ」 「じゃあ、どうするの」 七海が振り向く。涼太は一拍置いてから答えた。 「研究機関に安全移送する。検査できる状態で残す」 「今から?」 「今だからだ」 保管ヤードの空気が少し張りつめる。作業の手順を変えるだけでも、相手は嫌がるはずだ。それでも涼太は引かなかった。苗木そのものが危険なのではない。危うさを知りながら、拡散する前提で契約を組んだ形がある。そこをほどかない限り、同じことはまた起きる。 七海が資料を開き、契約書の束を机代わりの台に並べた。 「見て。検疫の条件と、実証事業の条件が、別々なのに同じ方向を向いてる」 涼太は一枚ずつ目を通した。輸送条件、保管責任、試験導入の範囲、異常時の対応。どれも書いてある。だが、危険が見つかった時の止め方だけが、驚くほど曖昧だった。 「止めるためじゃなく、通すための契約だ」 言葉にした途端、腑に落ちる。契約は安全のための枠ではない。危うさを抱えたまま、流れを切らさないための枠だ。 「だから、焼却を急がせるのか」 七海の声が冷たくなる。 「証拠ごと消すため」 涼太は箱の列を見回した。苗木は黙っている。黙っているからこそ、そこにあるのは植物ではなく、設計された通路なのだとわかる。 「危険性を知ってたなら、なおさら移送先で再検査が必要だ」 「うん。ここで燃やしたら、核心が見えなくなる」 担当者の足音が近づき、止まる。涼太は顔を上げた。企業側の男は、まだ焼却の段取りを急かすつもりらしい。 「時間がありません。処分を進めないと」 「進めるのは、処分じゃない」 涼太は静かに言った。 「移送だ。安全に、記録を残したまま」 男の表情が一瞬だけ固まる。七海が契約書を閉じ、涼太の横へ立った。 「この契約、苗木の問題じゃないですね」 涼太はうなずく。 「最初から拡散前提で組まれてる。危ないとわかっていて、広がる形を先に作ってた」 風が吹き抜け、箱の隅に貼られたラベルを揺らした。夜の白い光の下で、苗木はただ静かに並んでいる。その静けさが、かえって契約の冷たさを際立たせていた。

9章 / 全10

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