翌日、相談室の扉が閉まると、外の売場の気配は薄い膜の向こうへ退いた。朝陽は机に並べた紙片を見下ろし、昨夜までのざわつきを飲み込むように息を整える。そこへ、防災担当の慎が工具箱みたいなケースを抱えて入ってきた。 「呼ばれたから来た。例の紙、見せて」 「ありがとうございます。これです」 朝陽が差し出すと、慎は虫眼鏡をのぞき込むようにして、折り目と染みを確かめた。 「紙質が店の備品じゃないな。安いけど、妙に均一だ。文具店でまとめて買うタイプの紙だろう」 「やっぱり、うちの棚からは出ないんですね」 「インクも同じだ。黒の細字だけど、一本調子じゃない。書いた人間が、わざと癖を変えてる」 朝陽は身を乗り出した。 「じゃあ、同じ人が何人ものふりをしてるってことですか」 慎は短くうなずく。 「可能性は高い。折り方も毎回そろいすぎてる。慣れた手で、違う顔を演じてる感じだな」 その言葉に、朝陽の胸の奥で点と点がつながる音がした。 「じゃあ、あのメモは……脅しじゃない」 「何?」 「犯行予告みたいに見えるけど、そうじゃない気がします。誰かを怖がらせるためじゃなくて、犯人への合図として置かれてるんじゃないかって」 慎が紙片から顔を上げる。 「合図、か」 「だって、わざわざ見つかる場所に隠してるのに、内容はまるで道しるべみたいです。火災の場所も、書き方も、全部つながってる気がして」 慎は腕を組み、しばらく黙ったあとで、ふっと息を吐いた。 「面白い見方だ。もし合図なら、受け取る側がいる。しかも、こちらの動きを読める相手だ」 朝陽は封筒に戻した紙片を見つめた。紙そのものは何の変哲もないのに、今は妙に重く感じる。 「じゃあ、相談室に届く本も、ただ返されてるわけじゃないんですね」 「たぶんな。誰かが本の流れを使って、意図的に何かを運んでる」 慎の言葉に、朝陽はゆっくりとうなずいた。返本の束は、単なる忘れ物の集まりじゃない。ページの隙間に隠された紙は、事件の始まりを知らせる脅しではなく、どこかで待つ誰かへ届く合図かもしれない。そう考えた瞬間、書店の静けさが、ただの静寂ではなく、何かを隠すための静けさに変わった気がした。
深夜書店 返品本相談室
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