エラベノベル堂

深夜書店 返品本相談室

全年齢

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6章 / 全10

返本の相談室へ戻る途中、朝陽はずっと背中に夜気の冷たさを残したままだった。さっき聞いた名前が、頭の中で何度も反響する。尾形。まだ会ったこともないはずなのに、妙に現実味があった。 店に戻ると、未菜は搬入口の伝票を抱えたまま、眉をひそめていた。 「朝陽くん、ちょうどよかった。配送記録、少しおかしいの」 「おかしいって、どこがですか」 「通ったはずの便が、一つ抜けてる。しかも、その空白の時間に裏口の開閉記録がある」 朝陽は息を止めた。配送の記録と裏口。ばらばらのはずの線が、急に一本につながる。 「裏口……搬入口の方ですか」 「ええ。通常は使わないほう。今の時間なら、もう人目はないはず」 未菜は一度だけ周囲を見回し、それから朝陽に小さくうなずいた。 「行ける?」 「……はい」 搬入口の鉄扉は、夜の暗さをそのまま閉じ込めたみたいに重かった。朝陽が押すと、金属の軋む音が細く鳴る。外気は思ったより湿っていて、積まれた段ボールの匂いが鼻先をかすめた。 「こんなところ、初めて通る……」 「私もよ。だからこそ、見落としがあるかもしれない」 未菜の声は低い。懐中電灯の光が足元を滑り、普段は視界に入らない壁の継ぎ目をなぞった。 その先に、狭い扉があった。 「点検通路だ」 朝陽が呟くと、未菜が目を細める。 「開けてみて」 扉の向こうは、書店の喧騒から切り離された細い道だった。古いコンクリートが、湿気を吸って鈍く黒い。天井の配管は低く、歩くたびに足音が短く跳ね返る。 「……寒いですね」 「空気が動いてないのね」 朝陽は壁に貼り付けられた紙片に気づいて、足を止めた。 「これ……」 紙は新しいものではなかった。何枚も、何枚も。擦れた端を重ねるようにして、通路の壁に細長く貼られている。線で結ぶみたいに、角度を変えながら並んだそれは、どこか地図のようにも見えた。 未菜が近づき、息をのむ。 「火災現場……?」 朝陽は紙片に書かれた文字を読んだ。見覚えのある言い回しだった。相談室に届いた匿名メモの文言と、ぴたりと一致している。 「同じだ」 「じゃあ、これは」 「ここを通って、あちこちを……」 言いかけて、朝陽は口をつぐんだ。紙片の並びが、街の中で起きた火災の場所を、ひそかに結んでいる。しかも、その線は偶然の寄せ集めじゃない。誰かが意図して貼ったものだ。 朝陽は懐中電灯を少し上げた。通路の奥は暗く、先が見えない。だが、壁の紙片はそこで終わらず、さらに奥へ誘うように続いている。 「これ、放火した場所をつなげてるんじゃ……」 未菜が小さく息を吐く。 「ええ。でも、店を狙ってるんじゃない」 朝陽は壁に触れそうになって、寸前で手を止めた。 「店そのものが標的じゃない?」 「だとしたら、何が狙いなの」 朝陽の視線は、紙片の最後に留まった。そこだけ、少しだけ剥がれかけている。裏に、古い印刷の欠片のような文字がのぞいていた。 店の下。眠る資料。誰かが何年も隠してきたもの。 朝陽は喉の奥が乾くのを感じた。 「……この下にあるんだ」 「何が」 「古い保管資料です。たぶん、店の下に」 未菜は黙ったまま、朝陽の横顔を見た。 「どうしてそう思うの」 「ここに貼られた紙が、場所を示してるからです。火災の現場を結ぶだけじゃない。たぶん、火を使って視線をずらしてた。人を店の外へ向けさせて、その間に、下へ」 言葉にしていくうちに、朝陽自身がその輪郭に追いついていく。 放火は、焼くためじゃない。隠すためでも、ただ壊すためでもない。もっと別のものを見つけるための、歪んだ道案内だった。 未菜が静かに言った。 「朝陽くん、これ以上は……」 「分かってます」 朝陽は紙片の列を見上げた。胸の奥で、冷たいものが確かな形を持ちはじめている。 「でも、ここに答えがある」 夜の通路は、二人の呼吸だけを抱え込んでいた。朝陽はもう一度、壁の紙片を見つめる。 その連なりの先に、まだ見えない何かが眠っている。

6章 / 全10

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