慎の肩越しに見えたのは、通路の奥でわずかに光を跳ね返す金属の縁だった。 「……あれか」 朝陽が呟くと、慎は無言でうなずいた。懐中電灯を低く構え、壁際を一歩ずつ進む。配線は古く、ところどころ焦げたように黒ずんでいた。熱を受けた跡が、蛇の抜け殻みたいに細く残っている。 「ここ、前に何か通ってた形だな」 慎がしゃがみ込み、床面を指でなぞる。 「切っただけじゃない。無理やり隠した感じがある」 朝陽は息をのんだ。古いコンクリートの継ぎ目に、他とは違う薄い線が走っている。触れれば開きそうな、不自然な境目だった。 「隠し扉、ですか」 「たぶん、それに近い」 慎が工具箱から細い道具を取り出す。金属が触れ合う小さな音が、静かな通路にやけに響いた。数回試したあと、壁の一部がかすかに沈む。 「来い」 朝陽が近づいた瞬間、湿った空気の隙間から、古い紙と埃の匂いがふわりと漏れた。扉の内側は思ったより狭く、腰をかがめて入るしかない。 中にあったのは、小さな金庫だった。 「こんなところに……」 朝陽の声は自然と小さくなる。鉄の箱は壁に埋め込まれ、長い年月で塗装がくすんでいる。だが、鍵穴だけが妙に手入れされているように見えた。 慎が短く息を吐く。 「焦げ跡がある。最近、周辺で熱が入ったな」 「つまり、誰かがここを知ってた……」 朝陽の胸が速く鳴る。これまでの匿名メモ、火災の地名、紙片の連なり。その先に、ようやく実体があった。 慎が慎重に扉を開けると、金庫の中から古びた台帳が現れた。分厚い表紙は色が褪せ、角は擦り切れている。手に取った瞬間、紙の重みがずしりと伝わった。 「これだ」 朝陽は思わず声を漏らした。 表紙をめくると、再開発以前の古書店街の名前が並んでいた。店ごとの記録、移転の時期、火災補償の欄。数字と署名が折り重なり、誰が何を負担したのか、表には出ない形で淡々と書き残されている。 「こんなものが……」 慎の眉間に皺が寄る。 「事故の記録じゃない。責任の押しつけ方まで残ってる」 朝陽はページを追ううち、喉の奥が乾いていくのを感じた。消えた街の事情が、ただの思い出ではなく、誰かが都合よく切り分けた痕跡として残っている。 「これを見つけさせるために、火を使ってたんだ」 言葉にしたのは朝陽だった。 慎が顔を上げる。 「どういう意味だ」 「真相を消したかったんじゃない。隠された台帳の場所へ、視線を集めたかったんです。放火は犯行じゃなくて、合図だった」 台帳の余白には、見覚えのある折り目に似た印が小さく残っていた。匿名メモの送り主が、外から脅していたのではないことが、今なら分かる。何年も埋もれた記録を、この場所へ引きずり出そうとしていた。 朝陽は台帳の一枚をそっと押さえた。 「ここに、全部ある……」 慎は短く目を閉じ、それから低く言った。 「朝陽。これ、簡単には終わらないぞ」 「はい」 朝陽はうなずいた。けれど、その声にはもう迷いがなかった。 地下の奥で、古い金庫は静かに口を開けたまま、失われた街の記憶を差し出している。朝陽は台帳の文字列を見つめ、まだ誰にも読まれていない行間の重さを、確かに受け取っていた。
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