美緒は記録用紙を抱えたまま、計器室へ向かった。階段を下りるたび、雪に閉じた建物の空気が少しずつ重くなる。さっきの揺れは偶然じゃない。そう思うほど、胸の奥がざわついていた。 計器室の棚には、過去の運転ログが年代ごとに束ねられている。美緒は端から順に引き抜き、日付を追った。最初は単なる確認のつもりだった。けれどページをめくる指先が、ある年を境に止まる。 「ない……」 毎年の記録が並ぶはずの箇所だけ、紙が抜かれたみたいに空いていた。前年以前の欄が、きれいに、都合よく欠けている。手で破った跡はない。最初からそこだけ保存されていなかったかのようだった。 「何を見てるんだ」 背後から低い声がした。所長だった。厚い上着の肩に雪を落としながら、彼は美緒の開いたログに目をやる。 「古い記録は整理されてるだけだ。季節要因で揺れた年もある。今さら掘り返す必要はない」 「季節要因で、毎年同じ日だけですか」 「山の水は気まぐれだ」 乾いた返事だった。だが美緒には、その言葉が余計に引っかかった。気まぐれで済ませるには、欠け方があまりに整いすぎている。 「整ってるのは記録です。抜けてる場所まで、きれいすぎる」 所長の眉がわずかに動く。けれど彼は、それ以上は答えなかった。 「仕事に戻れ。監視盤の数値に異常がないなら、それでいい」 「異常がないんじゃなくて、見えなくしてるだけかもしれません」 言い切ったあとで、美緒は自分の声が思ったより強かったことに気づく。所長は短く息を吐いたが、怒鳴りはしなかった。ただ、棚の奥へ視線をずらしてから言う。 「余計な疑いは持つな。山では、知らないほうがいいこともある」 その一言で、美緒の中の違和感は確信に変わった。知らないほうがいいことがあるなら、知ってほしくない何かが埋まっている。 「私は、そうは思いません」 返すと、所長は何も言わずに計器室を出ていった。閉まる扉の音が、やけに大きく響く。 美緒は再びログに目を落とし、抜け落ちた年代を指でなぞった。ここには何かある。自然現象じゃない。記録が消されている以上、隠したい理由があるはずだ。 白い雪明かりが窓を鈍く照らすなか、美緒は空白のページを見つめ続けた。
雪圧ダム 潜歴調査
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