エラベノベル堂

雪圧ダム 潜歴調査

全年齢

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3章 / 全10

美緒は空白のページをめくり終えると、そのまま資料倉庫へ向かった。埃っぽい棚の並ぶ細い通路は、昼の薄い光が差しているのに、どこか地下みたいにひんやりしていた。記録だけでは足りない。図面と点検票を見れば、何か見えてくるかもしれない。そう思っていた。 「古い図面は、この奥だったはず……」 独り言をこぼしながら棚を探る。束ねられた紙の背表紙には、年度ごとの番号が薄く残っていた。美緒は一冊を引き抜き、机代わりの木箱の上で広げる。黄ばんだ図面には、今の設備にはない線が走っていた。改修前の配管、埋め戻されたはずの区画、そして現在の配置とは噛み合わない、妙に上書きされたような印。 「ここ、変だ……」 点検票を重ねると、そこだけ記載の癖が違う。署名の筆圧も、日付の埋め方も、後から無理に合わせたように見えた。美緒は息を止めたまま、何枚も照らし合わせる。すると、ある箇所にだけ不自然な改修痕が浮かび上がった。現在の設備では説明のつかない、別の流れを通したような跡。 「やっぱり、何かを隠してる」 そのとき、背後で棚が軋んだ。 「藤崎さん、こんなところにいたんですか」 振り向くと、若手職員の高橋大輔が、腕に書類を抱えたまま立っていた。少し困ったような顔をしている。 「高橋くん。ちょうどよかった。これ、見て」 美緒が図面を差し出すと、大輔は目を走らせ、すぐに声を落とした。 「うわ……これ、今の配置と違いますね」 「でしょう。改修の痕がある。しかも後から消したみたいに」 大輔は周囲を気にしてから、小さくうなずく。 「それ、もしかしたら昔からです」 「昔から?」 「はい。詳しい理由は僕も知らないんですけど、昔からその日だけは、上流の立入が制限されるんです。毎年、同じ日だけ」 美緒は指先を止めた。毎年同じ日。さっき見つけた水位の揺れと、ぴたりと重なる。 「誰が決めてるの、それ」 「さあ……上からの通達だって聞きました。現場じゃ、触れないほうがいいって」 「触れないほうがいい、ね」 美緒は図面の改修線を見つめたまま、ゆっくり息を吐いた。その言葉は、所長の忠告と同じ匂いがした。知らないほうがいい。触れないほうがいい。みんな同じ方向を向いて、同じ場所から目を逸らしている。 「高橋くん、その制限の記録、どこかに残ってる?」 「たぶんあります。でも……」 大輔は言いよどみ、図面の端を見下ろした。 「たぶん、見つけたら、もっと面倒になりますよ」 美緒はその脅しとも忠告ともつかない言葉に、静かに笑った。 「もう十分、面倒よ」 倉庫の奥で、古い蛍光灯がかすかに鳴った。図面の上の改修痕は、ただの紙の傷には見えないまま、二人の間に冷たく横たわっていた。

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