美緒は管理所へ戻ると、身体に残った冷気を振り払うように宿直室の扉を閉めた。卓上灯の下に、古い新聞の縮刷版が何冊も積まれている。紙は黄ばみ、指先にざらついた時間を残した。 「これだけあれば、何か残ってるはず……」 大輔が貸してくれた索引を頼りに、彼女は半世紀前の欄を一枚ずつ追った。事故、増水、工事中断。見出しはどれもありふれているのに、肝心の説明だけが薄い。まるで誰かが、言葉の骨だけ残して肉を削いだみたいだった。 「ここだ」 小さく声が漏れる。小規模事故として処理されたはずの工事中断。だが記事の本文は途中でぷつりと切れていた。原因も、再開の見通しも、結末も書かれていない。ただ、現場写真の端に、雪をかぶった作業服の背中が一瞬だけ映っている。 美緒は息を止めた。事故というには、あまりに不自然な切れ方だった。 「切れてる。じゃなくて、切られてる……?」 その隣のページに、地元紙の号外が挟まっていた。折り目が深く、何度も開かれた痕がある。見出しは同じ出来事を報じているのに、語調が違った。遠回しな表現のはずなのに、そこには事故処理では済まない空気が滲んでいた。 美緒はページを押さえ、目を凝らす。号外の片隅には、工事の遅延では説明できない人影の数が示され、慌ただしく塗りつぶされたような箇所がある。記録に残さないためではなく、残してはいけない何かがあった。そう思わせる荒さだった。 「やっぱり、ただの事故じゃない」 呟いた瞬間、宿直室の空気が少しだけ重くなる。窓の外では雪が風に押され、建物の壁を細かく叩いていた。美緒は新聞を閉じきれず、途中で指を止める。 工事中断。小規模事故。削られた本文。号外だけが残した異物のような断片。 それらを並べるほど、半世紀前の夜が、今のダムの下でまだ終わっていない気がしてくる。 美緒は古い紙の匂いを吸い込み、低く息を吐いた。 「この先に、まだ何かある」 そう言い切ったとき、縮刷版の端から、さらに細い一文が目に留まった。そこだけ紙面の印刷がかすれ、読めるのは数文字だけ。それでも十分だった。 美緒の指先が、ゆっくりと止まる。
雪圧ダム 潜歴調査
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