エラベノベル堂

雪圧ダム 潜歴調査

全年齢

小説ID: cmnepuw9l000i01nwgtbk2q12

7章 / 全10

美緒が受話器を戻しきらないうちに、扉をノックする音がした。驚いて顔を上げると、宿直室の戸口に村瀬が立っていた。吹雪にやられたのか、コートの肩には細かな雪がまだ残っている。 「村瀬さん……?」 「電話じゃ足りんと思ってな。直接行ってみたが、ここにいたか」 その視線は、机の上の縮刷版と、開きっぱなしの古い名簿を一度で捉えた。美緒は立ち上がり、椅子を引く音が静かな部屋にやけに響く。 「さっきの話、続けてもらえますか」 「続けたいのは山々だが、今は無理だ」 村瀬は短く答え、濡れた手袋を外した。その動きに、ためらいがにじむ。 「じゃあ、どうすれば」 「公文書だ。あの頃の記録を見せてもらえれば、何が起きたかの輪郭くらいは出る」 美緒はうなずいた。断片ばかりつないできた今、最後に必要なのは正式な裏付けだ。だが、その道筋は簡単ではないと、もう分かっている。 翌朝の町役場は、雪を落とした靴の跡が淡く残るだけで、妙に整って見えた。会議室の空気は乾いていて、長机の上の湯のみから薄い湯気が上がっている。美緒の隣には村瀬が座り、向かいには関係部署の職員が三人。誰もが書類の端を見つめ、こちらと目を合わせようとしない。 「半世紀前の改修関連文書の開示をお願いします」 美緒がそう切り出すと、中央の職員が即座に口を開いた。 「安全上の問題があります」 「問題があるなら、なおさら確認が必要です」 「今は時期が悪い。現場を刺激するだけです」 村瀬が低く笑った。 「刺激も何も、もうとっくに埋まってるだろうが」 職員の一人が咳払いをして、紙をそろえ直す。 「その件は、過去に処理済みです。今さら開示する理由はありません」 「処理済み、ですか」 美緒は言葉を噛みしめるように繰り返した。処理という響きが、事故も記憶も全部まとめて押し込めたみたいで、耳に重い。 「毎年同じ日だけ立入が制限される理由が、そこにあるはずです」 「繰り返しますが、安全上の判断です」 「安全上、なら開示で確かめるべきです」 「協力はできません」 会議室の空気が、一段冷たくなった気がした。窓の外で雪解け前の光が白く跳ね、机の上の書類を薄く照らす。だが、そこに載っている文字は何も答えない。 村瀬が椅子から立ち上がった。 「つまり、見せられんと」 返事はない。沈黙が答えだった。 美緒も立ち上がり、息を整えた。拒絶されることは予想していた。けれど、こうして真正面から塞がれると、逆に何かが際立つ。 帰り際、役場の玄関脇に小さな包みが置かれていた。白い封筒に、差出人の名はない。中には、古びた鍵束が一つ。錆びた鍵のひとつだけ、他より深く削れた刻みがあった。 「これ……」 美緒が手に取ると、村瀬の目が細くなる。 「旧監視坑のものかもしれん」 その一言で、鍵束はただの金属の重みではなくなった。見えない地下へ通じる入口が、ほんの少しだけ形を持つ。 美緒は鍵の冷たさを掌に確かめ、雪の残る玄関先で息を吐いた。 「誰が置いたのかは分からない。でも、向こうはまだ終わってないってことですね」 村瀬は答えず、ただ鍵束を見つめた。役場の白い壁の前で、古い金属がかすかに触れ合い、乾いた音を立てる。

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