エラベノベル堂

客席ごとの祝祭曲

全年齢

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2章 / 全10

「じゃあ、次は場所を変えます」 悠がそう言うと、部員たちは一斉に顔を上げた。音楽室の張りつめた空気のままではなく、今日は別の空気を聴かせる。そんな予感が、まだ言葉にならないまま室内を走る。 講堂に移動すると、広い空間が楽器ケースを抱えたままの彼らを静かに飲み込んだ。天井は高く、床はよく磨かれていて、足音が少しだけ遅れて返ってくる。悠は舞台の中央に立つと、客席へ降り、前方の端、中央、後方と、ひとつずつ席を変えていった。 「同じ和音を、今のまま吹いてください。誰も目立たなくていいです。揃えるだけ」 未來が小さく息を吐く。 「席を変える意味、あるんですか」 「あります。耳が違えば、色が変わるから」 合図で音が鳴る。最初は硬く、次第に芯を持った和音が講堂に広がった。悠は一番前で目を閉じ、少しだけ首を傾げる。次に中央へ移動し、今度は音の輪郭を確かめるように指先を止めた。最後方では、響きがほどけて重なり、同じ音なのに遠くの景色みたいに見え方が変わる。 「……違う」 誰かが漏らした。いちばん後ろの列にいた部員が、思わず自分の音を見下ろすような顔をする。 「前だとまとまって聴こえるのに、後ろだと少し広がる」 「中央は、和音の厚みがはっきりする」 「つまり、演奏は一枚の絵じゃない」 悠がそう言うと、数人の肩がわずかに揺れた。 「客席ごとに違って聞こえる編曲があっていい。むしろ、その違いを作りたい」 未來が眉を寄せる。 「違いを作る、って……勝つための編曲じゃないんですか」 「勝つためだけなら、ひとつの正解に寄せればいい。でも、それだと聴く側はすぐ慣れる。僕は、聴いた瞬間に少しだけ迷う音が欲しい」 「迷う音?」 「はい。『今のはどこから来たんだろう』って、見上げたくなる音です」 講堂の静けさの中で、その言葉だけがやけに鮮明だった。部員たちはまだ戸惑っている。けれど、さっきまでの警戒とは違う。理解できないものを前にして、無視できなくなった顔だった。 悠は客席の背もたれに手を置き、舞台を見上げた。 「疑問を生む演奏にしましょう。正面だけで終わらない、どの席でも同じではない音を作る。そうすれば、聞いた人はもう一度考える。白嶺の音は、そこから始まります」 未來は返事をしなかった。ただ、譜面を持つ指に少し力が入る。 講堂の奥で、誰かが再び息を吸った。その音はまだ小さいのに、さっきよりずっと遠くまで届く気がした。

2章 / 全10

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