エラベノベル堂

客席ごとの祝祭曲

全年齢

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3章 / 全10

「じゃあ、パートを分けます」 悠の一言で、練習室の空気がきゅっと締まった。朝の光が窓から斜めに差し込み、譜面台の影を長く引いている。木管は壁際、金管はその対面、打楽器は少し離した位置。いつもなら並び慣れたはずの配置が、今日は最初から違っていた。 「まずはこのまま。次に少しずつ入れ替えます」 「また場所ですか」 未來が腕を組んだまま言う。 「ええ。音は並びで変わるので」 「そんなの、気分の問題じゃありません?」 「気分なら、こんなに丁寧にやりません」 短いやり取りに、いくつかの肩がわずかに揺れた。悠は気づかないふりをして、木管に息を入れさせる。細い音が立ち上がり、すぐに金管が支える。次に打楽器を少し前へ出すと、響きの芯が急に浮いた。 「今、低音の輪郭が変わったの、わかりますか」 「……わかる」 「打楽器が前に来るだけで、音の地面が近くなるんだな」 「そのぶん、木管が少し軽く聞こえる」 反応が返るたび、悠は小さくうなずいた。音量を上げるのではなく、どこに置くかで印象を変える。言葉にすれば単純なのに、実際にやると部員たちの耳は何度も揺さぶられる。 「立花さん」 「何」 「フルートの入り、少しだけ遅れます。けど、悪い遅れじゃない。息をため込む癖があるから、最初の一音に重みが出る」 未來が目を見開いた。 「……そんなとこまで聞こえるの」 「聞こえます。奏者の癖は音に出るので」 悠は視線を巡らせる。 「二年のトランペット、強く吹く直前に顎が上がる癖がある。だから高音が少し鋭くなる。そこを抑えれば、上の和音がもっと揃う」 「三年のクラリネット、語尾を抜くのが早い。きれいに終わらせようとしてるのはわかるけど、今は少し残したほうが全体がつながる」 次々と言い当てられ、部員たちは互いの顔を見た。誰かが笑った。誰かが悔しそうに口を結んだ。それでも、空気は確実に変わっていく。 未來はまだ納得し切れない顔で、けれど前より視線を逸らさなくなっていた。 「……ただ当ててるだけじゃないんですね」 「ええ。聴けば、直せる。直せば、重なり方も変わる」 悠が指を上げる。再び音が入ると、さっきまで埋もれていた旋律が、ふっと前へ出た。木管と金管の間にできた薄い隙間へ、打楽器が息を合わせる。たったそれだけで、同じ譜面が別の表情を見せた。 未來はその変化を見逃さなかった。いや、見逃せなかった。 「……面白いじゃない」 小さく漏れた声は、反発ではなく、ほんの少しだけ熱を帯びていた。 悠はその変化に気づきながら、あえて笑わない。 「では次です。今度は、もう一度並びを変えます」 部員たちがざわりとする。そのざわめきの中で、誰かが最初より少し自然に息を吸った。

3章 / 全10

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